Fate創作小説:帰るべき日々(※かなり長いです)

「異常事態といえば、ある意味特級の異常事態といえる」
 クリスマスの異常事態解決の翌朝――カルデアの司令代理でもある、人類史上最高の天才を自称するレオナルド・ダ・ヴィンチ(正しくはそのサーヴァント)は、そう切り出した。
 昨日、カルデアを襲った異常事態を無事解決し、昨夜は文字通り、最後のクリスマスパーティとなった。
 カルデアにいるスタッフはもちろん、多くのサーヴァントもそのほとんどが霊体化せずに、料理を得意とするサーヴァント達の作った絶品料理に舌鼓を打ち、歌い、踊り、騒ぎ明かした。
 普段であればここまでの騒ぎにはならない。
 だが、彼らが一同に会する機会は、これが最後だったからだ。
 レオナルド・ダ・ヴィンチと、デミ・サーヴァントであるマシュ・キリエライトを除く全サーヴァントは、カルデアからの退去が決定している。
 それが、人理焼却の危機を乗り越えたカルデアに対して、人類が下した結論の一つだ。
 元となった英霊によっては、核兵器すら凌駕しうる強大な力を、しかも百人以上保有する独立組織など、人類が認めるはずもなく、また、サーヴァント達も『人理復元』という使命を果たした以上、消滅するのに否やはなかった。
 ただ、その最後の祭りとして騒いだクリスマスパーティ――クリスマスはなぜかイブのほうが盛り上がるのだが――は、現世にいる最後の夜ということで、ほとんどのサーヴァントが羽目を外して騒ぎ立てたのである。
 特に大変だったのは、マスターである藤丸立香だろう。
 おそらく人類史上最も多くのサーヴァントを従え、またもっとも多くのサーヴァントに慕われたマスターであろう彼は、文字通り引っ張りだこだったのだ。
 まだ未成年である彼は酒に酔って正体を失うことはなかったが、酒に酔ったサーヴァントたちの相手はさせられる。
 挙句、酔っ払って――本来霊体であるサーヴァントが普通の酒で酔うはずはないのだが――箍の外れた一部のサーヴァントからのあれやそれやと大変な目に遭いかけもしたが、マシュや一部のサーヴァントの手助けもあって何とか事なきを得ている。
 最後に、『クリスマスは愛する人と過ごすと聞きました!』などといって眠さで限界になってソファで毛布を被っていた彼のところにもぐりこもうとする某竜の化身がいたが――その後、なにやらすごい争う音が聞こえた気がしたが、もう気のせいにした。
 そんな大騒ぎが終わり――夜が明けて25日、まだ昨日の騒ぎの余韻が残る中、呼び出されたマスターである藤丸立香と、マシュ・キリエライトに告げられた単語が、『異常事態』というものだった。
「特異点のようなそうでないような不思議なものがある――それ自体はまあたまにありえることだろう。正直、通常であればもう業務の終わる現カルデアが対処することじゃない。新体制に任せたいところだ」
 所長代理でもあるレオナルド・ダ・ヴィンチはそういって、モニターの表示を切り替えた。
 シバの観測した結果がモニターに映し出される。
 ポイントは日本、先だって赴いた新宿よりやや南。
 結果にわずかな揺らぎがあるだけで、ともすれば誤差とみなされてもいいレベルのものに思えた。
「ああ、うん。揺らぎ、あるいは観測誤差と捉えてもいいものだ。だが、これは何度観測しなおしても、揺らぎも消えず、誤差として修正もされなかった。つまり確実にここに何かある。まあそれでもこの程度なら本来放置するが――問題は、これだ」
 そういうと、ダ・ヴィンチはモニターの右上を指差した。
 そこにあるのは、観測対象の時間。
 2016年3月18日。
 別に普通の時間――と考えてから、立香もマシュも、その異常事態に気が付いた。
「気付いたね? そう。地球にとって、人類史にとって2016年は完全に空白の時間だ。このカルデアを除いて、すべての人類が消滅していた時間といってもいい。何をどうやっても、2016年は『観測されるはずがない』時間なんだ。だが、この揺らぎは何度観測しても、この時間――2016年を示したんだ」
 まさか、生き残った人類がいたというのか。
 いや、それはありえない。
 絶対的な結果で、そもそも因果として人理は消滅し、一年間の空白が起きていたのだ。
「正直、放置して新体制に任せることも考えたが――うん、まあ君たちもだろうけど、新体制がどういう風になるか分からない。そして、こんな奥歯に何か挟まったような状態で、今のカルデアを終えるのも、気持ちが悪い!」
 そういうと、ダ・ヴィンチは鮮やかに身を翻した。
「本当はもうレイシフトはNGなんだが、なぁに、記録の改竄なんて今なら逆にやり放題だ。影響それ自体も非常に小さいといえる。あとはマスター、君次第となるんだが……」
 ともすると、悪戯をする前の子供のような表情を、見せる。
 ああ、これがあるからこのカルデアを好きだったんだな、と改めて思い出した。
「やるよ。オレもこんなの、文字通り寝覚めが悪い、という気がするし。それにその場所なら、よく知っているんだ」
 その反応に、マシュがむしろ驚いたような表情を見せる。
「先輩、もしかして――」
「ああ、オレがこのカルデアに来る前にいた場所の近くみたいだ。もっとも、こんな状況だから、同じとは限らないけどね」
 その言葉を受けて、マシュは期待をこめてダ・ヴィンチを見た。
 あるいは分かってたのか――彼女(?)もにっこりとうなずく。
「時代と場所から考えて、危険は少ないと思えるしね。とはいえ、何があるか分からない。十分、気をつけるようにね。ま、サーヴァントも何人か連れて行くといい。祭りの後だけど、まあ切り替えは出来るだろうし」
「――はいっ」
 そうして、正真正銘カルデアで最後のレイシフトが行われた。
 向かうは2016年3月、本来存在しないはずの時間――。

 レイシフト特有の、軽い浮遊感に続く、まるで体が水に溶けるような感覚。やがて、それが再び集まるような感覚があり、マシュはゆっくりと目を開いた。
 最初に目に入ったのは、鮮やかな青空。
 それに、わずかな潮の香り。海が近い、と分かったのは、むしろ波の音が聞こえたからだった。
『やあ、どうやらうまくいったよう――!? マシュ、すまないがそこに藤丸君はいるか!?』
 いつも通りのレイシフト後のダ・ヴィンチの通信、と思いきや、突然の雰囲気の急変と、その言葉の意味するところの異常さに、マシュは一瞬で覚醒した。
 あわてて周囲を見回す。
 同時にレイシフトしてきたのは、マスターである藤丸立香とマシュ、サーヴァントのロビンフッド、アルトリア、ジャンヌ・ダルク、エミヤ、佐々木小次郎、クー・フーリン、メディア、イシュタル。
 通常より大所帯ではあるが、最後だから、という感じでなんかぞろぞろ付いてきた。
 特にイシュタルが同行したのには驚いたが――。「最後だし、いいでしょ、別に」と、そっけない返事だった。あるいはこの後の別れが、彼女なりに寂しいのかもしれない。
 他のメンバーは、最初に当該の時代に慣れていそうな、というところでエミヤに声をかけて、後の人選は任せてしまった。
 大々的に声をかけたら、全員付いてきそうだったから、というのもある。
 だが――。
「何人か、いない……?」
 マスターと自分を含めて、10人いるはずなのに、今この場には6人しか見えない。
 サーヴァントでいるのは、ロビンフッド、ジャンヌ・ダルク、、エミヤ、クー・フーリン、イシュタルのみ。
 そして何より……。
「先輩が、いません……」
 通信機ごしに、マシュは半ば絶望的な表情で声を発する。
 数人のサーヴァントと、マスターである藤丸立香の姿は、どこにもなかったのである――。

「状況を整理しよう」
 エミヤの言葉に、一同は頷いた。
「ここは2016年3月18日。地域としては日本という国の首都、東京の南部……一般には『湘南』などと呼ばれる地域のようだ。かつて赴いた新宿よりはだいぶ南、もう少し行けば海が近い。この辺りは私もさほど詳しくはないのだが……」
 位置の観測はカルデアからのバックアップで特に問題はない。
 今いるのは、周囲を検索して見つけた空家となってる家に、人払いの結界を敷いて入らせてもらっている。さすがにライフラインは停止しているが、カルデアからのバックアップもあるので、十分だ。屋根がある分、いくつかの特異点探訪より快適ともいえる。
「我々は、レイシフトで本来ないはずの2016年に赴いた。そこに、人の営みがあるのは観測結果で分かってはいたが――マスターと、数人のサーヴァントが行方不明。この時点で十分異常事態だが――」
『だが、藤丸君の反応は、間違いなくそちらにある。大雑把な位置しか分からないが、君たちのいる場所とほぼ同じ場所に、彼の存在は感知できる』
 通信機越しに、ダ・ヴィンチの声が響く。
 そもそも、レイシフトで移動しても、カルデアからの万全のバックアップなしに、その時代に存在すら許されない。短時間ならともかく、やがて世界そのものに異分子として排除され、世界から消滅してしまう。
 存在を確立させるために、カルデアから観測されるのは必須事項なのだ。
 レイシフト直後こそ、藤丸立香の反応はなかったが、現在は捕捉されている。ただ、座標の特定が難しいだけだ。
「とにかくマスターを探すしかないんじゃないか? 人がやたら多いみたいだが、まあ何とかなるだろ。あっちに残りのサーヴァントがくっついているなら、結構目立つだろうしな」
 ロビンフッドの言葉に、全員頷く。
 それに、マスターがいるのは彼ら全員が分かる。
 サーヴァントは存在するだけで魔力を必要とする。
 カルデアのサーヴァントはカルデアそのものから魔力の供給を受けているが、その経路となってるのはマスターだ。
 マスターが存在しなければ、彼らは魔力の供給を受けられないが、今それは間違いなく供給されている。
 そして、その存在を近くに感じる以上、マスターは間違いなく近くにいるのだ。
「霊体化して探すほうがいいだろうが……嬢ちゃんは普通に探すほうがいいだろうな」
「……そうですね。この時代で歩き回っても大丈夫な姿ってことでしたし」
 マシュの着ている服は、いわゆるこの時代、この土地の服としてありふれたものになっている。探索するなら、ということで霊体化できないマシュはこの服装でレイシフトしてきた。さすがに髪の色はこの時代の日本では目立つ、とのことで、簡易的な魔術によって認識阻害を起こして、違和感を感じないようにしてある。
「では、各自この周囲を探し回ろう。マスターが近くに来れば、我々なら感じることが出来る。何かあれば、連絡を」
 エミヤの言葉に、全員頷く。
 ただ、一人面倒くさそうにしてたのはイシュタルだ。
「うーん。私、飛び回って探していいかしら? 地面を歩くなんて面倒なのよ」
 位相をずらして格納してある天舟の舳先を見せつつ、ぼやく。
 だが。
「やめておいたほうがいいぞ。この時代のこの国は、神秘があまり存在しない。一方で、一般人でも容易に映像を残す機械を持ち歩いているはずだ。空飛ぶ謎の女、とかでこの時代に痕跡を残すのは――」
「あー、分かったわよ。……そうね。マシュと似た格好であんたについていくことにするわ」
 イシュタルはそういうと、あっという間に自分の霊基を調整したのか、マシュに近い、赤を基調とした服装になる。もともと黒髪なので、おそらく街で歩いていても違和感はあるまい。
「……別に霊体化して探せばいいと思うんだがな」
 エミヤは渋い顔をしつつ、だが同行は拒否しなかった。
 結局、3チームに分かれて探索することになった。
 マシュ、ロビンフッド組。
 エミヤ、イシュタル組。
 ジャンヌ、クー・フーリン組。
「では皆さん、まずはマスターを探しましょう」
 そういったジャンヌは、外国人の観光客、という感じだ。
 何でも、以前の召喚時にこの時代の知識を得ている、とのことだったが……これはクー・フーリンも同じらしく、どちらも怪しげな観光客という感じだが、どちらも観光客なら、この地域では珍しくないらしい。
「んじゃ、行こうかね、嬢ちゃん」
 一同は仮宿を出て、探索を開始する。
 それを、遥か空から、一羽のカラスが見ていた。

『動き出したわね、彼ら』
 メディアはそういうと、カラスからの接続を遮断した。
 あまり見ていると、それだけで気付かれる可能性がある。
 彼らはそれぞれが卓越した技量と人知を超えた力の持ち主なのだ。
『そうですか。ただ、今のうちは静観ですね。マスターは、別に争いたいわけではありませんし』
 通信に入ってきたのは、若い女の声。
『そうね、アーサー王。まあ、私はこの状況は嫌いではないから、楽しんでいるけど、あなたは良かったの?』
 からかうように、メディアは『アーサー王』と呼びかけた『彼女』に言う。
『ええ、我らはカルデアのサーヴァントなれど、召喚に応じたのはマスターあってこそ。そのマスターの望みであれば、我らは全力でそれを叶えるのみです』
 秩序を重んじる彼女らしい言葉だが、その実、やってることは秩序を維持する行為とは真逆である。
 ただ、それもよし、とするということだろう。
『分かったわ。まあ、こちらは仕掛けは十分。いずれ誰かがマスターに接触するでしょうが、予定通りですしね。万に一つ、感知されたとしても”彼”が押しとどめてくれるでしょう』
 そういって、眼下を見下ろす。
 海岸から伸びる橋――そこには多くの観光客が行き交い、平和そのものという光景である。
 だが、その行き着く先、その小島にと接続する部分に、彼女らでなければ見えない存在がいた。
(さて、どう転ぶことになるやら……)

「忘れていたよ、君がひどく目立つ存在だということに」
 半ば疲れたように、エミヤは独白した――が、それはイシュタルに聞きとがめられた。
「仕方ないでしょう。女神が人の振りをしたところで、目立つのはどうしようもないのよ。これでも、がんばって抑えてるのだから、文句言わない!」
 その口調に、遠い記憶が一瞬蘇りかけて、エミヤは苦笑した。
「いや――君の取り憑いてる人間自体が、そもそも目立つ存在なんだ。まあ、これはどうしようもないか」
「あー。そういえばそうだったわね。あなた、(この子)のこと、知ってるんだっけか」
 お互い様ではあるし、知ってるといってもどこか他人の記憶めいたものではあるが。
 基本、数多の時代の記憶を有する座にある存在は、自分の記憶であっても、それは映像をみるかのようで、自身の実感としては捉えにくい。しょせん、彼らにとっては、召喚に応じている間に得た記憶などは、泡沫の夢のようなものなのだ。
 だが、エミヤと、イシュタルが取り憑いた少女との因縁は、その中でも特に強い。
 普段意識することはほとんどないが、こうやって二人だけになると、その記憶の揺り戻しが起きることがある。
「まあ、うん。お互い因果な状況よね、これ。ま、これも経験だと思って、とりあえずマスター探しましょ、『アーチャー』」
 その呼び方に、エミヤは思わず振り返った。一瞬見えたのは、遥か遠い記憶。
 そういった側も、あるいは気恥ずかしさがあったのか、顔をそらしていた。
 歴史すら重ならない、違う世界の物語――。
「……ああ、そうだな。いずれにせよ、我々のやることは変わらないしな」
 かすかに重なる記憶。
 それは今の自分には無関係だとしても、それでもなお、愛おしいと思う存在――。

「……なんか私より遥かに馴染んでいますね、ランサー」
 感心と呆れが半々という感じで、ジャンヌはクー・フーリンをみやった。
 3月、北半球にあるこの国では、この時期は冬の寒さが和らぎ、春の暖かさを感じられる日が増える季節。一年で一番すごしやすい時期でもある。
 サーヴァントである彼らは霊体化することも出来たが、どちらともなく実体化しての探索を行った。
 実体化していればマスターの方から気付いてくれるかもしれない、というのがあったからだ。
 ただ、二人とも、現地の人には見えない――金髪と青髪は普通いない――ので、それなりに衆目も集めるのだが……。
 服装については、ジャンヌは薄手のセーターに、下は膝よりやや下まである白いスカート。傍目には育ちの良いお嬢さん、という感じだ。
 対してクー・フーリンは着崩したジャケットを肩にかけ、上はTシャツ、下はジーンズという服装だが、恐ろしいほどに周囲に馴染んでいた。
「あー。なんだ。ぼんやりだが、前にこの国にいたことがあるようなんだわ。なんで、どうやりゃいいかもなんとなく分かっちまう。でも、お前さんも『この時代』の人間としては馴染んでないか?」
「ええ……以前、国は違いますがほぼ同じ時代に召喚されたことがあって、その時の記憶がまだかなり鮮明なのです。当時はその時代の少女に憑依召喚、という形だったのもあって、この時代の知識もそれなりにあります。ただ、その子はこの国のことはさほど詳しくはなかったので、その辺りの知識は後付けですが……」
 ふと、大通りを前にして立ち止まる。
 海までまっすぐに伸びた大路は、逆を見やると巨大な神殿めいた建築物がある。
 多くの観光客が行き交うそこは、同時に神聖な領域でもあるようだ。
「でも、サーヴァントの気配はありませんね……」
 裁定者(ルーラー)であるジャンヌは、サーヴァントの気配にも敏感だ。行方の分からない三騎の気配を感じ取れないか、と歩いているが、今のところその気配はまったくない。それだけでも、異常事態といえた。
 そもそも、いなくなったまま連絡が取れない理由も良く分からない。
 何かしらトラブルがあったとしても、そう離れた場所に出現してるとは思えない。
 そうなれば、魔力を通じて呼びかける等すれば、マスターなら連絡を取ることも出来るのではないかと思う。
 これが、敵の本拠であらゆる情報が隠匿、あるいは偽装されてるような場所なら別だが、どう考えてもここは、ジャンヌが知る限りでももっとも平和な地域と時代の一つだ。
 となれば、いなくなったマスターやサーヴァントは意図的に身を隠してることになるが……。
 一体何の目的で、となると、それがまったく分からない。
「分からないことだらけですね……」
 思わず嘆息する。
 それ自体が非常に絵になるのだが、さすがにその自覚はない。まあ、衆目を集める、という目的は達しているのだが……。
「ま、てきとーにうろついてりゃ、なんかあるだろ。アテがあるわけじゃなし、歩くとしようぜ」
 結局、クー・フーリンの言うように、明確な目的なく歩く以外に、彼らに出来ることはなかったのである。

 もっとも真面目にマスターを探していたのは、無論マシュであった。
 同行しているロビンフッドは基本的に霊体化している。
 今回同行しているサーヴァントの中で、実は唯一この時代とまったく接点がないからでもあるが、見た目を現地人に偽装しているマシュと、どう見ても現地人に見えないロビンフッドの組み合わせは、むしろ不信感しか生まないだろう、という判断でもある。
 マシュ自身は、もしこういう事態でもなければ、あるいはこの状況を楽しめたかもしれない、という気はしていた。
 時刻は夕方前。
 金曜日であるこの日、マシュは把握していなかったが、下校した学生たちが非常に多い時間であり、実際マシュの視界内にも非常に多くの学生がいた。
 これまで、同年代といえば魔術師か立香しか知らなかったマシュにとって、同年代の少年少女がたくさんいる光景、というのは、あまりにも見慣れないものだ。
「平和……ですね」
 すぐ近くに気配を感じるロビンフッドにだけ聞こえるように、マシュはつぶやいた。
 同時に、藤丸立香は本来このような場所にいた人物だということに思い至る。
 命を賭けることもなく、友人らと平和に過ごすはずだった彼の運命は、カルデアに来たことで大きく変わってしまった。
 無論、彼がいなければこの世界はなかった。
 その意味では、やむを得ず彼はあの旅を駆け抜けたのだろう。何しろそうしなければ、未来がなかったのだ。
 一年以上にわたって共に駆け抜けた日々。
 一緒に行くことが出来なくなっても、それでも共にあろうとしたその後の一年。
 どちらも、マシュにとっては大切な思い出であり、宝物のような記憶である。
 カルデアはもうなくなるとしても、この記憶までは奪われはしない。
 今後どうなるか分からなくても、今後どんな運命があったとしても、この記憶を支えに、前に進める。
 カルデアの事実上の解散でも、マシュが混乱しないでいられるのは、マスターである藤丸立香の存在あってこそだ。
 だからこそ。
 だからこそ、今のこの状況は、マシュにとって不安以外の何者でもない。
 彼は自分にとっての『基点』なのだから。
「不安なのは分かるが、そんな気負うなよ、嬢ちゃん」
 マシュにだけ聞こえる声が響く。その言葉に、マシュは一度立ち止まり、深呼吸をして息を整えた。
「……はい、そうですね。あせったところで、成果がでるなんてことは……」
 言葉が、とまる。
 マシュは、街の光景のある一点を凝視していた。
 似たような服を着たマシュと同世代の男女が、ある門から出てきている。
 マシュは、それが学校であることを知識として知っていたが、実際に同じ格好、年齢の男女がアレだけ集まってる――実際には下校時だからそれでもほんの一部なのだが――のは珍しく、最初はそれだけの興味しかなかった。
 だが。
「あ――!!」
 ロビンフッドが何か言うまもなく、走り出す。
 その先に――彼女が探していた人物がいた。
「先輩!!」
 ほんの一瞬、息が切れる。急に走り出したからだろうか。だが、すぐ呼吸はは整った。
 その、呼ばれた人物――藤丸立香は、しかし、不思議そうにマシュを見て、戸惑ってるようにすら見えた。
「えっと……俺?」
「おい、嬢ちゃ……」
「良かった、無事だったんですね、先輩。レイシフトでいなくなってるから、どうしたのかとおもって、あの、ご無事ですか? どこか怪我など……」
 そこまで話してから、マシュは目の前の人物が自分に向ける視線に気付いた。
 そこには、戸惑いや困惑、という感情が宿っていたのだ。
「先輩……?」
「えっと……誰かと勘違いしてないかな?」
 その言葉に、マシュは愕然として、数歩後ずさった。
「ごめん、会ったことがあったら本当に申し訳ないけど……いや、でも君みたいな子に会ったことあるなら、普通忘れないと思うし……多分、人違いだよ」
 その時、遠くから彼を呼んだと思われる声が聞こえた。その響きは、確かに『藤丸』という名を呼んでいた。
「じゃあ、ごめん。失礼するね」
 そういうと、彼は踵を返してマシュの前から立ち去る。
 その最後の所作まですべて、まったく不自然な点はなかった。
「そ……んな……」
 膝が崩れ落ちそうになるところで、とん、と背中に何かが当たる。それが、実体化したロビンフッドだと気付いたが、マシュは立つための力を両脚にこめられずにいた。
「おいおい……おい、ダ・ヴィンチちゃん、見えてるか? どういうことだ?」
 カルデアと通信するための設備は拠点においてあるが、同一空間内であれば、その機器を中継点として通話できる機器をマシュは所持している。それに、ロビンフッドは語りかけた。
『……いや、私にも良く分からない。今解析した限りでは、彼は”藤丸立香であって藤丸立香ではない”という意味不明の観測結果が出ている。外見的特長も魔力波形も間違いなく彼のものなのに、決定的な何かが不足――ああ、そうか。分かった』
 ダ・ヴィンチは得心したように言うと、さらに機器を操作する。やがて『ああ、やはり』という言葉が聞こえた。
『今の彼には令呪がない。だから、全体的に違和感があるんだ』
 令呪。
 本来の聖杯戦争においては、聖杯から授けられる強力な魔力を宿した紋様で、サーヴァントを召喚したマスターの証でもある。
 令呪によってマスターとサーヴァントは紐付けられ、サーヴァントはマスターから魔力を供給される。
 同時に、令呪はサーヴァントに対して絶対的ともいえる命令権を行使できる権利であり、また、サーヴァントに絶大な力を与えられるが、3回までしか使用できず、復活することもない。そして、令呪を失えば、マスターとサーヴァントの繋がりも断たれてしまう。
 ただ、カルデア式召喚の令呪はそれとはやや異なる。
 令呪が強力な魔力リソースである点は変わらないが、本来の令呪ほどに強力な力は出せない。
 また、絶対命令権はない(ただしマスターに害をなすことは出来ない)代わりに、令呪はカルデアからの魔力供給で、消費してもある程度の時間が経てば復活もする。三画すべて使用しても、マスターとサーヴァントのつながりは切れることもない。
 ただ、いずれにせよマスターとサーヴァントを紐付ける、いわば『鍵』であることは共通だ。
 だが、その令呪が今の彼にはない。
 それはつまり、彼がマスターではない、ということを意味する。
『ただ、彼のマスターとしての能力は間違いなく存在する。それは、他ならぬサーヴァントのみんななら良く分かるだろう。私と違って、君たちのほとんどは藤丸立香との縁によって召喚されたものが多いのだから』
 そういって、ダ・ヴィンチはしばらく考えをめぐらせ、断言した。
『ただ、これだけはほぼ確実だと思う。この空間における特異点は、ほぼ間違いなく彼本人だ。それがどういうことなのかは分からないが、彼と彼を取り巻く環境のどこかに、その世界を存在させしめている”何か”があるのは間違いない』

「状況を整理しよう」
 今朝出発する前の打ち合わせとまったく同じ台詞に、一同は異を唱えることなく同意した。
 誰が言い出したわけでもなく、6人のサーヴァント(一人デミ・サーヴァントだが)は拠点に戻り顔を突き合わせていた。
 今日一日歩き回ってわかったことを、お互いに共有するためである。
 1つ、ここは2016年3月18日で間違いないこと。
 2つ、何も事件がなければ、普通に存在していたであろう2016年の日本であること。
 3つ、今日歩き回った範囲――半径10km程度の空間では、何の違和感もなかったこと。
 4つ、藤丸立香がその中で一人の人間として普通に存在していること。
「霊体化して移動してみましたが、少なくとも10km程度まっすぐ北に向かっても、世界が途切れることはありませんでした。正直申し上げて、こういう状況でなかったとしたら、普通に世界を歩き回っていると錯覚してしまうかもしれません」
 ジャンヌの報告は、少なくともこの世界が薄っぺらい幻影などではないことを示していた。
 そしてそれは、少なくとも半径10kmの街とその中の人物を完全に再現するだけの魔力リソースが、どこかにある、ということを意味している。
「マシュの報告を受けてから、カルデアの協力で調べたんだが……」
 この時代、この国はかなりの記録がデータとして保管されている。
 であれば、たとえ時空を隔てていようが、カルデアの能力ならそれらを調査することは容易なことだ。
「マスター……藤丸立香という人物に、少なくともデータ的に不審なところはなかった。藤丸立香、県立湘徳高校1年、やや変わってる点としては、両親がどちらも海外にいるため、一人暮らし、というくらいか」
 エミヤはそういうと、カルデアからもたらされた情報を表示する。
 見た目には、ごく普通の、取り立てて何の特徴もない一般人の記録だ。
「本来の彼――カルデアにこなかった場合と一致するかどうかは、現時点では分からない」
 カルデアにおける藤丸立香、というより各マスター候補の詳細な経歴は、ちゃんとした記録がほとんどないのである。
「ただ、この記録を見る限りは、彼に不審な点はない。まあ、我々からしたら不審さしかないわけだが」
「そーだよなー。でも、あの時見たマスターは、確かにマスターと思えたのに、でも俺らのこと全然知らないって感じだったからなぁ」
 ロビンフッドがぼやくように言う。
 いずれにせよ、とジャンヌが切り出した。
「話を聞く限り、今のマスターに対して捕縛したり詰問したりしても、どうにもならない可能性のほうが高いでしょう。であれば、力ずく、というわけには行かないですし、それに、まだ行方不明の3人のサーヴァントの問題もあります。当面、マスターの近くでマスターに何かないか、警護を兼ねて張り付く役と、行方不明の3人を探す役。この2つに役割を分担するのはいかがでしょうか」
『あー、その提案はまったくその通りなんだが……ごめん、さっきサーチしてて、厄介なことに気付いた。君たち、霊体化できるかい?』
 一同は、首を傾げる。
 そして――数瞬後、一様に驚愕した。
 『やはりか。うん、理由は分からないけど、その世界は神秘それ自体に対して強い抵抗力のようなものがある。存在する君たちが否定されるほどではないが、”人が見えなくなる”という現象を許容しないんだろう』
「では、いずれ私たちのサーヴァントとしての能力も失われる、と?」
『それは分からないが、そこまでのものではない。むしろその逆で、いわば擬似的に受肉した状態になってしまってる、といったほうが早い。ぶっちゃけ、おなかすいてきてないかな?』
 言われてから、誰もが顔を見合わせる。
 言われてみれば……というところだが、実際、午前中に目覚めてからずっと口にしてない――デミ・サーヴァントであるマシュ以外――からか、空腹、という感じがしなくもない。
『幽霊なんていないから、受肉させることで世界に取り込んでしまってる、という感じだ。無論、いつか宝具などが使えない事態だってありえないとはいわないが、現状そこまでの強制力はないように思える。むしろ受肉したことで、存在自体は安定してるくらいだ」
 そのダ・ヴィンチの言葉の後に、くぅ、と誰かのお腹からか音が響いた。思わず全員顔を見合わせ――1人だけ、真っ赤になってる者がいた。
「そ、その、私は前の召喚でも受肉してたことがあるので、その」
 思わず全員が笑う。
「ま、今日はここまでじゃないかね。この様子だと、おそらくだが俺らですら人間並に休息を必要としそうだしな。なんか奇妙な集団生活だが」
 ロビンフッドの言葉に、各自顔を見合わせる。
『そうだね。肉体という枷があるのなら、君たちの活動もいつものようには行かないだろう。こちらでも、バックアップできる体制をうまく整えるとしよう。もっとも、時間を同期させるのには遠からず限界が来るだろうが』
 今はダ・ヴィンチと同じように話しているが、実際にはダ・ヴィンチはレイシフト先の時間に、自分の時間を同期させている。今回、実際の時間的余裕はほとんど無い。通常であれば、帰還させる時間を出発の直後にすればよいが、バックアップを行う都合上、カルデア側で年が明けてしまってはどうなるか分からないのだ。
 そのため、ダ・ヴィンチは一時的に自身の時間の流れを極端に遅くしてサポートしているが、それも限界がある。
 ここの滞在がどのくらいの期間になるか不明だが、普通に生活する必要があるのであれば、必要なものも増えてくる。カルデアから供給されるとはいえ、ある程度は現地調達も必要だろう。幸い、この国は物資という点においては世界でもっとも豊富な地域の一つだ。
「そうだな。自分たちが動けなくなってしまっては、元も子もない」
 そういうエミヤはなぜかどこかうきうきと、必要な買い物メモを作り始めていた。

『これは参ったね……』
 半ば以上、本気で困ったようなダ・ヴィンチの声だった。だが、無理もない。
 この世界に来て四日が過ぎた。
 マシュたちは残る三騎のサーヴァントの探索と、藤丸立香の観察を続けていたが、この国の官憲の予想以上の優秀さに辟易していたのだ。
 夜、彼の家の近くにいるだけで、誰が通報したわけでもないだろうに見回りの警邏が現れる。
 身分を保証するものもない彼らとしては、逃げるより他にない。
 また、街中をうろつくにしても、とかく目立つクー・フーリン、ロビンフッドは、あまり外を出歩けなくなってきた。この家は人払いの結界を張ってあるが、これとて絶対とは言いがたい。
 かといって、マシュやイシュタル、ジャンヌのような年齢の女性は、さすがに夜にいつまでも出歩いていると、それだけで不審に思われてしまう。
 より困難なのがマスターが学校にいる間だ。
 あれから数日で、彼らは完全に受肉してしまい、サーヴァント化は問題ないが、隠密行動にはえらく不向きになってしまった。悪いことに、アサシンクラスの者が一人もいない。
 一人だけついてきてた者がいるが、アレはアサシンじゃなくてセイバーだろ、というところだし、そもそも行方不明の一人だ。
 この国の学校は驚くほどセキュリティが厳重で、アサシンクラスではない彼らが見つからずに学校内に入り込むのは、至難だ。
 ゆえに、学校にいる間の彼を警護、観察する手段はあっという間に尽きつつあった。
『セキュリティシステムを常時カルデアから操作してごまかすことが出来ないわけじゃないけど、人間の目はごまかせないからなぁ』
 ダ・ヴィンチがぼやく。
 キャスタークラスであれば、認識阻害を起こさせることが出来るし、あるいは魔術師ならやはり催眠暗示が可能かもしれない。実際、マシュの外見をごまかしているのは、マシュの魔術だ。
 だが、マシュは正式に魔術の訓練を受けた身ではないので、人の存在を隠すほどの魔術は使えない。
 そしてキャスターで一人ついてきたのはやはり、行方不明の一人だ。
 クー・フーリンはルーン魔術の達人でもあるので、どうにかならないか、と相談したが、ランサーとして召喚されている今の自分では、自分にかけるならともかく他人までは難しい、という。
 サーヴァントシステムは、強力な力を持つ英霊を、『クラス』という枠にはめて召喚を可能にしたシステムだ。
 カルデア式の英霊召喚術は、そのサーヴァントシステムを応用しているが、聖杯のそれより、より強くクラスという『枠』に縛られる。
 クラスによって得意分野が定められているため、不得意、あるいは向いてない分野の能力は著しく制限されてしまうのだ。
「だが、このままではどうにもならんぞ。この家の結界は大丈夫だとしても、マスターの警護、観察はこの特異点解消の必要条件なのだろう?」
『あー、うん。そうなんだけどね……まあ、ちょっと待ってくれ。多分もう少し……で……』
 カチャカチャ、と何かを操作する音が響く。
「ダ・ヴィンチちゃん?」
 マシュが不思議そうに首を傾げ――直後、「よし、出来た!」というダ・ヴィンチの声が響いた。
『うん、我ながら完璧だな。カルデア退職したら、いっそハッカーにでも転職しようかと思うくらいだ』
 なにやら不審な単語をつぶやくカルデア所長代理が、そこにいた。
『よし、今データを転送する。各自、そのプランどおりに動いてくれ』
 その、映し出されたデータを見て、全員があんぐりと口を開ける。
 それを見て、ダ・ヴィンチは満足そうに頷いた。
『これで、全員不審に思われることなく、その世界で探索に集中できるだろう?』

「……引越し?」
 立香は、自分の家の斜め向かいに、引越し業者のトラックが止まっているのに気が付いた。
 確かこの家は、夫に先立たれた老婆が一人住んでいたが、二年ほど前に自宅で怪我をして以後、子供のところで厄介になっていて、空家になっていたはずである。
 時々手入れはされていたみたいだが、帰ってきたのか。
「違うな、新しい人?」
 表札が外されていた。おそらく売却したのだろう。
 荷物はかなり多いようだ。
 どんな人が引っ越してきたんだろう、と考え始めた矢先――。
「ご近所の方ですよね?」
 突然声をかけられた。振り返った先にいたのは、数日前、突然自分に声をかけてきた女の子だ。
「えっと……」
「本日から、こちらに引っ越してきた、マシュ・キリエライトといいます。よろしくお願いします」
 あの時から感じていたが、よく見るととても変わった女の子だ。
 パープルブロンドとも言うべきか、薄い紫がかったシルバーブロンドなど、およそお目にかかったことがないが……なぜかそれが、違和感を感じさせない。
「ああ、うん。俺は藤丸立香。この家の住人だけど……あの、先日、会ったよね?」
 その言葉に、マシュ、と名乗った少女はあわてたように頭を下げた。
「ああ、すみません、あの時は失礼しました。その、知ってる人に良く似ていたので、その」
 よく分からない単語を言っていたけど、混乱していたということだろうか。
「うん、まあこれからご近所さんとして、よろしく」
 こうして、藤丸立香の近所に、奇妙な一家が住み着くことになったのである。

 4月。
 日本というこの地域では『出会いと別れの季節』などとも言われるらしいが――実際、高校生である藤丸立香にとっては、クラス替えという分かりやすいイベントが発生する。
 クラス替えの際、何人かの友人とは別クラスになりつつ、新しいクラスメイトにどんな人物か心躍らせる時期でもある。
 ただ、張り出されたクラス割の自分のクラスの中に、奇妙な字面を見出した。
「マシュ・キリエライト……?」
 昨今留学生は珍しいとは言わないが、その場合は留学生枠になるはずだ。ここに名前がある、ということは、この学校の正式な生徒ということになる。
 だが、もしこの『マシュ』があの子だとしたら、去年から非常に目立つはずで――つまり、転校生ということになるのか。
 さらに、もう一人、明らかに日本人名ではないのも混じっている。
 少しの期待と共に、新しい教室に入った彼は、そこに予想通りの――そして予想以上の光景に出くわした。
 すでに教室の一角に人だかりが出来ている。
 その中心にいるのは、3人の女生徒。
 一人は、予想通りあのマシュだった。
 だが、後の二人は初対面である。
 一人は非常に長い金髪で、見た瞬間に外国人だと分かる。
 もう一人は――長い黒髪の持ち主で、見た目だけなら日本人だが、明らかに雰囲気が違う――具体的に言うと、外見が明らかに日本人じゃない二人と比べても、存在感で負けてない。
 とりあえず黒板を見て、自分の席を確認すると、ちょうど彼女らのすぐ横が自分の席。
 つまりすでに囲まれている一帯になっていて、自分の席に荷物すら置けない状態になっていた。
 とりあえず近づいて会話に聞き耳を立てると、三人とも転校生のようだ。
 ただ、先日話したマシュはもちろん、金髪の少女も日本語には不自由はないようで、クラスメイトと他愛のない会話に興じている。
 そこに、新たな担任教師が入ってきて、やっと自分の席に着席できた。
 そのまま、教師の案内で始業式のため、体育館に移動となる。
 その後、ホームルームとなるが、最初でクラス替え直後ということもあり、各自の自己紹介が行われた。
 ただ、この学校は3クラスしかない小規模校であり、大半は顔程度なら知っている。当然、注目は新たな転校生3人に集まった。
「マシュ・キリエライトといいます。英国から来ましたが、日本には幼い頃に住んでいたのもあって、日本語には不自由ありません。慣れぬこともあると思いますが、よろしくお願いします」
「レティシア・ヴィリエです。フランスから来ました。よろしくお願いします」
「遠坂凛と申します。2年生からの転校生となりますが、皆さん、よろしくお願いしますね」
 3人とも、容姿という点においては明らかに標準以上であり、今の自己紹介から感じられる性格も礼儀正しく、かといってとっつきにくさも感じない。
 男子生徒の何人かからは、小さく歓声すら上がっていた。
 何人かは、転校生が同じクラスに集中したことを不思議がっていたが、マシュとレティシアはやや特殊な形での日本での学習経験プログラムに則った生徒であること、凛は以前の学校で同じプログラムの生徒がいるクラスにいたらしい、と分かり、溶け込みやすくするためだと説明された。
 実際、彼女らはすぐにクラスに馴染み、クラスの人気者になっていった。

『うんうん、うまく入り込めたね、3人とも。どうだい? 学生生活というのも、結構新鮮だろう?』
 得意気、あるいはドヤ顔、と言っていいダ・ヴィンチに、とはいえ3人とも否定できる要素を持ち合わせてはいなかった。
 マスターを警護、観察する手段としてダ・ヴィンチが行ったのは、記録上不審な点なくこの世界に入り込む、ということだった。
 そのために、ダ・ヴィンチは彼らの身分等を偽装――おそらく看破不可能レベル――し、また、特に入り込むのに苦労する学校には、外見的年齢に矛盾がない、ということで、マシュ、ジャンヌ、イシュタルの3人を学生と言う身分で転入させてしまったのである。
 さすがに転入試験を受けさせるのには時間がなかったことから、文部省、教育委員会を経由しての要請、と言う形をとった。そもそも、あの短時間の間にこの国の制度について把握したダ・ヴィンチの能力は驚嘆に値するが。
「まあ、入ってみて分かったわ。あの学校って空間、部外者はとことん部外者になるわね。あれ、一種の結界レベルよ」
 イシュタル――今は湘徳高校の制服であるブレザーを着ているので、見た目には女子高生にしか見えないが――は手に持ったペンをもてあそんでいる。
「そうですね……いったん入り込んでしまえば、自分の領域となるのに、部外者に対しては要塞めいた感じすらあります。無論、夜中などは入り込むのは容易でしょうが……」
 ジャンヌもそれに同意する。
 実はこの二人は、学生、と言う立場にはまったくなじみがない、と言うことはない。
 イシュタルは取り憑いた少女――その本人の名前を確認し、それをそのまま名乗った――はそもそもこの時代に近い時代の、しかもこの国の学生であり、その記憶も漠然と存在する。
 ジャンヌも、この国ではないがフランスで同年代の少女と記憶と経験を共有している。
 その記憶には、当然少女――レティシアの学生としての記憶も含まれる。
 それがまったくなく、毎日新鮮な経験をしているのが、マシュだった。
 元々、デミ・サーヴァントとなるべく調整されたデザインベビーであり、その意味においてはまっとうな人間ですらない。生まれてからずっとカルデアを出たことはない。
 特異点の旅の中で初めて外を体験したわけだが、当然厳しい戦いの中であり……今回のような穏やかな日常、と言うのは初めての経験である。
 マシュは最初に『勘違い』していたことを取っ掛かりとして、『藤丸立香』とは良く話す間柄になっていた。
 元々家が(意図的に)近所であり、帰宅も同じになることが多い。
 イシュタル、ジャンヌも当然同じ家に住んでいる――これに関しては秘匿とされていたが、文部省の何かしらの交流プログラムの一環らしいという噂が流れている――ため、親しく話すようになった。
 なお、転校生の美少女3人とあっという間に仲良くなった立香に対するやっかみはなくもなかったが……元からの彼の人望だろうか、羨望の度合いが強い。
 学校が始まって半月ほど経過してるが、彼らのマスターが古今東西のサーヴァントに好かれる理由が、改めて分かった気がした。学校においても、極端に頼られることはなくとも、誰とはなしに彼を認め、親しく話す者が多い。クラスの中心ではない(実際クラス委員は別の生徒だ)。だが、重要な位置を占めている、と感じるのだ。
「少なくとも、この状況を先輩が作り出した……とは考えづらいです。先輩にはこんな大規模魔術を行使するだけの力はおそらくありませんし……」
 マシュは話しつつ、手元のノートの記述を進める。別に今の話をまとめてるのではなく、学校から出された課題を3人して片付けているだけだ。
「仮に、行方不明のメディアさんが協力してたとしても、これほど大規模な魔術は難しいでしょう。……まあ、聖杯のような規格外のリソースがあれば、別ですが……」
 現在行方不明の3人のサーヴァントの居場所はまだ分からない。
 この半月の間に、学生となった3人以外は、行方不明のサーヴァントの探索とこの地域の調査を徹底的に行った。
 その結果、追加で以下のことが分かっている。
 ・この世界はこの辺り――おそらくはマスターのいるこの地域――を中心に半径30~40kmの巨大なエリアが存在する。
 ・その外側に行こうとすると、気付いたら戻される。
 ・域内のあらゆる人間活動は正常に行われている。領域の外がないことを、域内の人間は認識していない。
 かつての新宿を遥かに凌駕する規模だが、かつての特異点に比べたら、これでも小規模とは言えるだろう。
 とはいえ、これほどの領域を構築するとなると、やはり聖杯かそれに順ずるリソースが必要だ。
 ダ・ヴィンチは特異点の中心をマスターだと断じたが、実際彼が何を目的としてこの世界を作っているのか、そもそも彼が目的を持って作ったのかは分からない。あるいは、別の術者がいて、彼も取り込まれた、と言う可能性だってないわけではないし、実際こうなってくると、ダ・ヴィンチもそれを否定できないでいた。
『一番分からないのは、ルーラーであるジャンヌが行方不明のサーヴァントを見つけられない理由だね。ルーラーはアサシンの《気配遮断》すら通じないレベルのサーヴァント探知能力があるはずなんだけど』
「それに関しては、強力な結界の内側にいる可能性もあります。実際、この地域は非常に聖域が多く、そこに潜まれると私もその内側に入らない限りは見つけられない気がします」
 聖域とは、古い神殿などがそれに当たるが、この地域、驚くほどにそれが多いのである。歴史学の教科書で知ったが、なんと500~800年以上経過したそういう建築物がごろごろと存在しているのだ。
「かつてはこの国の政の中心だった時代もある地域だそうですから……ざっと900年以上昔だそうです。となれば、魔術的にもいろいろ残っていても不思議はありません」
 課題の終わったジャンヌは、どこで買ってきたのか、ガイドブック(旅行本とも言う)をぱらぱらとめくる。
「明日が終われば、土日とお休みになりますので、私はこの辺りの寺社へ赴いて探索してみる予定です」
 それに、イシュタルがややけだるげに挙手する。
「私もいくー。というか暇だし。あと男衆、付き合いなさい」
 駄女神全開、と言う感じなのが残念すぎるが、実際探索に同行するのは異存はなかった。
 ここまで残りのサーヴァントが見つからない以上、考えられる可能性は2つしかない。
 一つは自ら行方をくらましている場合。もう一つは、何者か、サーヴァントである彼らをすら拘束しうる何かがいる場合、だ。
 前者であれば衝突もありえるし、後者の場合も剣呑なことになる可能性は高い。
 となれば、ある程度戦力は固めておいたほうがいいのである。
 その点ではマシュも同じなのだが、マシュは現在サーヴァント化が出来ない、ごく普通の人間となんら変わらない存在である。
 また、3人の中では一番学生生活を楽しんでいることと、この半月の間にもっとも立香と仲良くなれているので、家が近所ということも利用し、最も自然に彼に接触できる存在になっていた。
 ちなみに、クラス内公認である。
 そのマシュは、マスターをうっかり『先輩』と呼ばないように気をつけるのが大変なようだが。
「マシュはどうするのー?」
「あ、えと、私は土曜日に、先輩にこの辺りの案内をしていただけることになってまして……ホントはイシュタルさん、ジャンヌさんも一緒に、と思ったんですが」
 ついに休日にまで踏み込んだらしい。
 それは傍目にはデートじゃないのでしょうか。
 全員が一瞬で同意し、同時に一つの合意が形成された。
「先ほどの通り、私たちは探索を行います。マスターはマシュさんにお任せしますね」
 邪魔をしてはならない。
 その時、彼らの心は限りなく一つになっていた。

「この辺りで一番大きな寺社というと、こちらになりますが……」
 地図を見ながら、レティシア――ジャンヌが説明する。
 鶴岡八幡宮、と言う名のその寺社は、この辺りはもちろん、かなり有名な寺社のようで、土曜日である今日は、観光客と思しき人々が多数往来している。
 元となる寺社は千年近く前に建立されたそうで、今も多くの観光客を集めるらしい。
 年が改まった際、この国では寺社にその年の最初の祈願をする風習があるらしいが、近隣では最も多い来訪者がある一つでもあるという。
 しかし、魔術的に見るとまた違った側面が見えてくる。
 その境界は明確な境となり、その内と外を魔術的に隔てている。
 踏み込むのになんら抵抗はないが、入った瞬間、魔術的な気配ががらりと変わる。魔術師ではない、一般人でもその神聖さに満ちた気配を感じ取るものはいるだろう。
 これはとりもなおさず、この地に対する信仰が今も根強くあることを示すものだ。
「一般的な日本に関する知識だと、むしろ信心深い人は少ないって聞いたんだがねぇ」
 ロビンフッドが感心したように言う。実際、教会を中心に街が作られていった欧州では、多くの人が今も信心深く、日曜の礼拝に通う者も多い。
 対してこの地は、そういう信仰の強さとは無縁に思えるのだが、一方このような聖域が存在するのは不思議にすら思える。
「別に神々を信じていないわけじゃない。むしろ逆で、あらゆる物に神がいる、という信仰があるんだ。八百万の神、と言うのだがな」
 元々この国の出だった――記憶のほとんどは磨耗してるが――エミヤが、ロビンフッドに説明する。
「そうね。ま、だから魔術協会も聖堂教会もあまり勢力が強くなくて、結構魔術的には不穏地帯でもあるんだけど」
 イシュタルがエミヤの言葉を引き継いだ。
 そのくせ、霊脈などに関する知識は古代から多かったのか、霊的にきわめて合理的な都市づくりがされてることがある。
 この街も、きわめて強力な霊脈の通り道になっている。
「ただ、いずれにせよここにはサーヴァントはいませんね。これだけ清廉な気に満ちているのなら、サーヴァントが隠れているとひどく目立つでしょうし」
 まあ、さすがにこの辺りでもっとも有名な聖域に隠れたりはしてない、と言うことか。
 本宮へと続く階段を上りきると、なにやらこの国の古い衣装と思われるものを着た一団が、荘厳な雰囲気で何かの儀式をしていた。何事かと首を傾げる。
「ああ、あれはこの国古来の神々の儀礼に則った結婚式だ。教会式とはだいぶ違った雰囲気だろうが」
「結婚式、ですか」
 ジャンヌは目を輝かせてその一団を見る。
 どんな形であれ、結婚式、という響きにはある種の憧憬を感じるのだ。
「面白いものね……と、あら、素敵じゃない」
 イシュタルの口笛でも吹きそうな口調に、全員振り返った。
 よく晴れているからだろう。高台になっているここからは、遠くの海岸線まで良く見えた。
「この参道がまっすぐ海に通じていて、そこが少し入り江になってるんですね。そしてあとは、ずっと西のほうまで何もない海岸。さすがに海辺に何かあるとは思えませんから、やはり都市部でしょうか。何かあるとすれば」
「しばらくはこの辺りの聖域中心に探すしかあるまい。手がかりがなければ、探索範囲を広げるとしよう」
「めんどくせーなぁ。ったく、連中どこにいるんだか」
 槍兵のぼやきに、二人の弓兵は沈黙をもって同意する。
 もっとも、彼ら自身はさしせまった危機を感じてはいなかった。
 むしろ逆である。
 本来、もうカルデアを去るはずだった彼らは、この思わぬレイシフトによって、予想外に長期の滞在を行っている。ある意味では、休暇に近い感覚もあった。
 だが、この時彼らは、この『休暇』が予想を遥かに超える長さになることを、予期できていなかった。

「これが、いわゆる鎌倉の大仏。神様の像って、西洋ではあまりないから、逆に珍しいかな、とは思うけど」
「そ、そうですね……」
 マシュは唖然として、目の前の巨大な像を見上げた。
 確かに、西洋では神は象られることはない。それは偶像崇拝を排する考えゆえだと言う。
 対して、東洋――特に仏教は、積極的に神仏に形を与え、崇拝の対象とした。
 だが、それでもこれほど巨大なものはそう見ることはない。
 無論、大陸にはこれよりさらに巨大な像がいくつもあることは知ってるが、見ると聞くでは大違い、をまさに地で行く形だ。
 傍目にはやはりデートでしかない、立香によるマシュの鎌倉観光は、江ノ電という小さな電鉄沿いに行われた。
 実のところ、マシュにとっては電車に乗る、と言う経験すら非常に珍しいもので、あまりにおのぼりさん状態だったため、地元は電車がほとんどなかった、と言うことになってしまった。実際電車どころか交通機関などまったくないのだが。
 マシュは知識でしか知らなかったいろいろなことを聞き、彼もまたそれに丁寧に答えてくれた。命の危険がまったくない、彼との行動は、それまでマシュが得ることのほとんどなかった時間であり、とてもうれしく思える時間だった。

「……さすがにここまでかかるとは予想外すぎないか?」
 ロビンフッドの口調と雰囲気は深刻だが、その実、パスタを頬張りつつという光景では、深刻さを字面ほどには感じさせない。
「そうだな。ここまで手がかりがないと、方針を考え直したほうがいいかもしれん」
 エミヤは何かの作業をしつつ、それに応じる。
 現在は5月末。すでに、この世界に来て2ヶ月以上経っていた。
 探索可能な領域でめぼしい場所は、そのほとんどをめぐりきっていた。にもかかわらず、行方不明のサーヴァント3人は見つからないどころか、魔術的な存在を『一切』検知できない。
 季節は初夏に移っていて、瑞々しい緑がそこかしこにあふれている。
「ランサーの旦那は最近この世界を楽しみ始めてるし……いや、まあ俺も楽しんではいますけどね? けど、そろそろ限度があるだろ」
 かつての特異点での旅でも、これほど長期にわたった例はあまりない。
 マシュ、イシュタル、ジャンヌの3人は学校になじみきっており、特にイシュタルは取り憑いた側の人間の影響が強く出てるのか、最近駄女神としての側面がほとんど見られなくなった。むしろこの方がいいんじゃね?とは本人を除く全員の意見だ。
 クー・フーリンは最近釣りにハマった、とかで釣竿片手に海に行く光景を良く見る。
 物資はカルデアから補充されるが、現地生活をある程度営まないと不審に思われる可能性もあるからか、いつの間にかアルバイトに精を出していたらしい。そのお金で釣り道具一式を買い込んだようだ。
 まあ、何気にエミヤも釣りは好み、時々行っている。彼の場合、釣り道具は買う必要がないので買ってないが。
 ロビンフッドはロビンフッドで、探索をやりつつもそれなりに楽しんでいたが――やはり2ヶ月と言うのは限度がある。
「まあ、手がかりがなにもな……エミヤの旦那、何してるんだ?」
 よく見ると、エミヤはこの辺りの地図を広げ、あちこちにしるしを付けていた。
「ここ数日思いついた手だ。外に出られない――戻される領域を出来るだけチェックしている。まだ数がないがな。それらをつなぐと、おそらく何かしらの形になるはずだ。最初、円形かとも思ったが、どうやら違うらしい。ただ、そうすれば中心が見えてくるはずだ。闇雲に探しても何もない以上、地味だがこういう方法しかないかと思ってな」
 なるほど、マークされた場所はどうつないでも円周を描く形にはなってない。現時点では法則性は見えない。
「これなら俺も手伝えるな。手がかりゼロよりマシだろ。俺も手伝うぜ」
 カルデアからのバックアップは、物資以外はもうあまり当てに出来ない。
 時間の流れが違うため、ダ・ヴィンチとの連絡を取ることはもう出来なくなっている。
 今でもバックアップそれ自体はされているが、解析等を頼むことは出来ないのも、厄介だった。
 加えて、彼らはサーヴァント化こそ出来るが、もうほとんどこの世界の人間と変わらないレベルで受肉した状態になっている。
 誰もが一度は、この閉じた世界で過ごしてもいいのでは、と思ってしまうのを否定は出来なかった。実際、彼らが召喚された主たる目的である人理はすでに修復されているのだから。
 だが、それでいいはずはない、と誰もが思っていたし、実際いいわけはない。
 カルデアはまもなく解散されるが、その後に何が起きるのか、予感めいた不安を感じている者は、少なくなかったのだ。

 芳しい結果が出ないまま、さらに一ヶ月が過ぎた、六月末の良く晴れた日。
 マシュ、イシュタル、ジャンヌらを含めた、湘徳高校の二年生は、海岸沿いにいた。
 学校から程近い由比ガ浜の、清掃ボランティアである。海開きの前に、毎年行われているイベントだ。
 三人とも学校にすっかり馴染んでいて、イシュタル――遠坂凛と名乗っているが――はクラスの中心になりつつあった。
 まあ、中身を考えたら、女神なのだからやむをえないと言うところか。
 受肉していることで元の人間の個性が強く出ているのか、傲慢なところはかなり――帰宅するまでは――なりを潜めている、というのも大きいだろう。
 ちなみに、マシュ以外の二人は男子に非常に人気があり、確認されているだけでイシュタルは六回、ジャンヌは四回告白を受けている。
 マシュが告白されないのは、すでに藤丸立香と公認カップル扱いだからだが、これは本人たちは自覚がない。
 また、ジャンヌやイシュタルがマシュに近づく男をそれとなく排除してたという話もあるとかないとか。
「あー、面倒ね。一つ一つごみを拾うって。マアンナで全部吹っ飛ばしてやりたいわ」
 これでも、掃除自体が意味がない、と言わない辺り、彼女を知る人間からすれば驚異的ともいえるが……それでも物騒なことには変わりない。
「ダメですよ。砂浜にクレーター作ってどうするんですか。こういう奉仕の精神をもって行う作業は、それだけで人の心の成長を促すのですから」
 いかにもなことを言う聖女様だが、ジャージにポリ袋、トングという出で立ちでは威厳がないこと甚だしい。もっともそれは女神様とて同じなわけだが……。
「はいはい。まあ、やるわよ。別に綺麗な砂浜は嫌いじゃないし」
 そういって、トングでごみをつまみあげる。
 なお、この二人が一緒に会話してる光景はそれだけで絵になるわけだが、実際の会話がこんなものであるのは、聞こえぬが花、というべきだろう。
 一方のマシュは、立香と一緒にゴミ拾いに精を出していた。
 しばらく無言でやっていたのもあり、担当するエリアはほとんどゴミがなくなっている。
「マシュ、一休みしようか。午後はあっちのほうに行くし……ああ、今日は富士山がよく見えるね。初夏だと珍しいな」
 言われて、マシュは彼が指差したほうに目をやる。そこには、頂にわずかに白い雪をかぶせた、青い山嶺が見えた。
「綺麗ですね、藤丸さん」
 実際、この山はとても美しい、と思った。
 普通高山というのは山脈の中に存在するが、この山は単一で存在する。
 世界でもこのような形で高峰が存在していることは珍しい。他で有名なのは、アフリカのキリマンジャロ山か。
「手前の江ノ島とちょうど重なるから、絵葉書みたいになってるな。今日は天気がいいしね」
 マシュは特に何も考えず同意しようとして――違和感を感じた。
 手前に……なにが?
 改めて富士山を見る。
 そうすると――その手前に、島があった。
 位置的には、隣の市との境目あたりか。今まで、見えてなかった――あるいは、まったく認識できていなかったところに、島があったのだ。
「え、あ、あれ? あの、先輩、あの島って?」
 混乱したマシュは、呼び方を誤ってるのにも気付かず、声を出していた。
「あれ。江ノ島、案内したことなかったっけ?」
 マシュはあわてて、スマートフォン――ほぼ生活必需品だったので調達した――を起動し、周辺の地図を映し出す。
 そこには、確かに『江ノ島』という島が存在した。
 だが――。
 マシュは慄然として踵を返し、イシュタル、ジャンヌのいるところへ走る。
 そして、彼女らに江ノ島のことを聞くと――。
「え? 島? そんなものどこに――」
 言ってから、ジャンヌは先ほどのマシュ同様に、驚愕の表情で固まった。
 隣を見ると、イシュタルも同様だ。
「嘘……なんで、今まで気付かなかったの……? そもそも、地図だって何度も見てる、のに……」
 三人とも、それまでそこに島があること自体を、まったく認識できていなかったと言うことになる。
 それが通常ではありえないと言うことは、すぐ分かる。
 そして同時に、三人は確信した。この世界のすべての謎を解く鍵が、あの島にあるだろうと言うことを。

「ああ、われわれも今日、あの島を認識したよ」
 帰宅後、エミヤ、クー・フーリン、ロビンフッドの三人に相談したところ、3人ともやはりあの島を認識はしていなかったと判明した。
 今日になって、突然それが認識できたという。
「我々は、この世界の『形』を調査しててな。この世界の形がいびつだとは思っていたのだが、調査した結果、霊脈上では同心円状になってることが分かった。そしてその中心が……」
 地図に指を落とす。そこには『江ノ島』と記述されている。
 この地図は何度も見てたのに、それでもなお、この島に対して認識できていなかった。
「俺も同じだな。今日になって、釣り場で結構いい、ってのを聞いたんだ。だが、複数の情報源が同時に開示されるなんてことは、通常考えられない。あるとしたら……」
「何者かが、この江ノ島を隠すことをやめた、ということだろうな」
 それはつまり、相手の準備が整った、ということを意味する。
「いずれにせよ、行動するなら夜だろうな。俺たちで隠密に向いてるのなんて一人もいないし、そもそもあそこ、観光地だから昼間は人が多すぎる」
 その言葉に、全員が頷く。
「おそらくほぼ間違いなく、行方不明の三人もあそこにいると考えていい。戦闘になることも、想定しておくとしよう」
 戦闘になるとしたら、相手はアルトリア、メディア、佐々木小次郎の三人。
 クラスでいえばセイバー、キャスター、アサシンとバランスはいい。
 こちらはアーチャーが三人、ランサー、ルーラーと偏った構成だが……。
「ま、俺と赤いのは接近戦、女神サマはいざとなりゃ、格闘もいけんだろ? 何とかなるわな」
 実はすでに多少の下調べ――といっても島に渡ることはしてないが――はすんでいて、あの島全体がある種の神殿にも似た領域になっていることが分かっている。
 遠距離攻撃は、ほぼ確実にその境界に弾かれるであろうことも。
 ゆえに、今回徒歩での潜入が必要となるのだが、入り口は海岸とつながっている橋のみ。
 空からの進入は不可能そう、とは結界をみたイシュタルの見立てだ。
「となると――最悪、メディアの支援を受けている状態のアルトリアと佐々木小次郎を、同時に相手にすることになるのか……」
 思わず場が沈む。
「って、おいおい。そんなヤバイんか? そりゃ、あのセイバーさんはあのアーサー王本人だ。あの聖剣はヤバイし、剣の腕もかなりだが、こっちだってアルスターの大英雄がいるし、いざとなりゃ、ルーラーで完全じゃないにせよ、行動を阻害できんだろ?」
 ロビンフッドの言葉に、クー・フーリンが苦笑する。
「ああ、そっちはいいんだ。まだやれる。問題はもう一人だ。ほとんど知られてない無名の英霊。そもそも、伝承上の存在に名もなき侍が重なった、と本人は言ってたが……」
「ああ、アレはそんな生易しい相手じゃない。少なくとも、私とランサー以外は、接近戦はしないほうがいいな」
 その言葉に、イシュタルも頷く。
 明確な記憶があるわけではない。
 直接相対したわけでもないのに、そのぞくりとするほどの刃の恐怖を、彼女もまた感じていた。
「お前さんら二人がそれだけ言うって……どれだけだよ。普段、あまりマスターに同行することもないみたいだが」
 それは仕方ないだろう、とは思う。
 あのアサシンは、アサシンでありながらアサシンとして期待される能力のほとんどを持っていない。
 むしろ、あの真っ向勝負する姿勢は、セイバーと言うほうが正しい。
 また、そもそもが幻霊に近い英霊であるため、強力な力も持っていない。
 彼は、宝具、と呼べるようなものを何一つ持っていない英霊なのだ。
 言ってしまえば、彼の能力それ自体は人間のそれとほとんど変わらない。
 ゆえに、特異点において、魔神柱やゲーティアらと戦う超常の力が飛び交う戦場では、大立ち回りが出来なかったのだが……。
「およそ、剣の技量に限るなら、カルデアにいる全サーヴァントの中でも、トップクラスだ。正直に言うなら、あれと接近戦で遣り合え、と言われたら、断れるなら断りたい」
 アルスターの大英雄にこれだけ言わせるとは、一体どれほどなのか。
「それに加えて、アーサー王にメディアだ。正直、無理ゲーと言いたくなる」
「で、でも、彼らが必ずしも敵対するとは限りませんし」
 マシュの言葉は、だが希望的観測であることは明らかだ。
 ただ。
「とはいえ、このままでいいはずはありません。であれば、やることは一つだけです」
 ジャンヌの言葉に対する反論はない。それは、誰もがわかっていた。

「今日、結界を解除したわ。まあ、これ以上維持したら『神殿』も維持できなくなるしね」
「そうですか(もぐもぐ)。まあ、そろそろ限界でしたし(もぐもぐ)、時間的にも(もぐ)頃合でしょう」
「……話すか食べるか、どっちかにしたらどう?」
 メディアは呆れたように、目の前のブリテンの騎士王を見る。
 小柄な体格の、白のブラウスに青いスカート、首元にワンポイントのリボン。光を透かしたような美しい金髪を、シニヨンという髪型で纏め上げたその姿は、まるで人形のような愛らしさがある……はずが。
 今、その美しい少女は口いっぱいにパンケーキを頬張り、幸せいっぱい、という表情をしていた。
「前から聞こうと思ってたんだけど、貴女、この時代のこの国に来たことあるわよね?」
 潜伏して三ヶ月あまり。
 彼女は――もう一人の佐々木小次郎もだが――この国の文化風習に驚くほど詳しかった。
 特に、彼女は食べ物は元々好きなのもあるだろうが、だとしても詳しすぎた。
「ええ……そうですね。わずかですが、記憶があります。もっとも、その記憶をたどると……貴女とこうしているのが、すごく不思議に思えてくるのですが」
「……つまり、私たちは敵対してた……いいえ、違うわね。同じ聖杯戦争で召喚されていたってこと?」
 アルトリアは無言で頷く。
「そうさな。拙者もこの状況のあまりの奇妙さには、思わず踊りだしたくなるほどだ」
 現れたのは、明らかに時代錯誤としか思えない、着物姿の若い侍。
「アサシン。もう結界は解除した。見張りはどうしたのです」
「まさか彼らとて、昼日中に堂々と来るはずがなかろうよ。警戒すべきは夜であろう?」
 明らかに目立つ風体の侍――佐々木小次郎を、だが周りの人間が気にする様子はない。
 メディアが、そういう魔術を付与しているためだ。
「しかし見事に三ヶ月、気付かれなかったな。さすが魔女殿、というところか」
「前から思ったけど、何かトゲがあるわね、あなた」
 その言葉に、小次郎はアルトリアと顔を見合わせる。
「……もしかして、貴方も?」
「むしろお主がその記憶がないのが意外だが……いや、そうでもないか」
 二人して得心したように頷く。仲間はずれにされたようで、メディアには面白くなかった。
 ただ、推測は出来た。
 おそらく、再召喚されるにあたって、その記憶を持ってきたくなかったのだろう。
 考えられる理由は一つ。
 それを引き継ぐことで、英霊としての働きに支障が出るような記憶の場合だ。とてつもなく不幸な記憶か、その逆か。だが、二人の様子を見る限り、おそらくは――。
「まあいいわ。アサシン、おそらく彼らの決断は早い。今夜にもで来るでしょうから、しっかり役目を果たしなさいよ。貴方の希望も聞いてあげたのだから」
「心得た。何、私の望みはおそらく十全に叶おう。今から楽しみだ」
 佐々木小次郎はそういうと、その風貌に相応しい笑みを浮かべ、その場を立ち去る。
「(もぐもぐ)さて、私も……(ぱんっ)ご馳走様でした。では、準備しておきます」
 綺麗に食べつくされた空の皿を前に、アルトリアは手を合わせると――この風習自体がこの国のものだ――立ち上がり、立ち去る。
 この奇妙な共同生活もあとわずか。
 楽しかったと言えば楽しかったが、わずかな寂寥感も拭えない。
 ただ、それが何に起因するのか、今のメディアには分からないことだった。

 日付が変わるまであと三十分。
 季節的には、夜中でも寒くなく、過ごしやすいため、江ノ島の周辺では夜に遊ぶ者も少なくはないのだが――なぜか、この夜は季節はずれの寒波が来たとのことで、出歩いている人はほとんどいない。
 商店もすべて閉じていて、行き交う人は皆無。
 ゆえに、江ノ島に渡る橋を行く六人の人影は、誰にも見咎められることはなかった。
「自然な動きだけではないな。人払いの魔術に近いものが敷設されている」
 空間の把握を得意とするエミヤの言葉に、一同は緊張を新たにした。
 申し訳程度に明かりの中、橋の先に見えたのは――。
「やはりお前さんかい、アサシン」
 クー・フーリンが一歩前に進み出て、槍を構える。
 わずかな明かりの中に、その手にある朱槍が映える。
「懐かしいな、ランサー。懐かしい、と感じるのも奇妙だが。そちらも同時にくるか? アーチャー」
 そういうと、長刀を抜き放ち、そのまま自然体に構えた。
 その姿は、それ自体が一枚の武士の絵のような美しさすら感じさせる。
「よく作られてるな。この狭い空間では、弓はもちろん、私の宝具も使えない。つまり、接近戦しかないと言うわけか」
 アサシン――佐々木小次郎の立つ場所から、半径五メートル程度で、空間が閉じている。間合いを開けば、弓を撃つことも可能だろうが、そんな間合いを取らせてくれる相手ではないことは、よく分かっていた。
「さて、詳しくは話せぬが、お主らの目的を果たすには、拙者の後ろに抜けねばならぬ。だが、拙者がそこに立ちふさがる。すなわち――無傷で通れるとは思わぬことだ」
 言葉と同時に、雰囲気が変わった。
 空気はそれ自体が切れ味を持つかのようになり、ともすれば、わずかな風でも、四肢を切り刻まれそうな感覚すらある。
 同時に、クー・フーリンが佐々木小次郎に向けて踏み込んだ。
 その初速からして、電光にも等しい瞬速の刺突。
 だが、直後に響いたのは金属同士が弾き合う音と、後ろに転がるクー・フーリンの姿だった。
「あっぶねー。ホントに一撃で首狙いやがる」
 そういって首を押さえたクー・フーリンの手には、わずかに血がこびりついている。完全に避けたと思ったが、どうやら避け切れていなかったらしい。致命傷ではないが、『避けたと思ったのが避けられていない』というのは、致命的だった。
「はは、すまぬのう。なにぶん立合いを望んでいても、その機会はついぞ少なくてな。このように、際立った達人との立合いは、どうにも――遊びを超えてしまう」
「これは……」
 その一瞬の立合いで、ジャンヌは彼の能力を把握した。
 同時に、これが非常に困難な相手であることも。
 自分も近接戦を得意としているが、相手が悪い。自分は多対一や、強大な相手に対して強力な力を持つが、武芸者のような際立った技量はない。そして、本来なら強力な防御力を持つ鎧も、あの相手には何の役にも立たないだろう。彼は、この中で最速を誇るクー・フーリンをして、見切ることが困難な斬撃を放つことが出来る。それはつまり、それより遥かに技量に劣る自分の、鎧の隙間に刃を通すことなど、造作もない、ということを意味する。
 そして通常なら、傷を負っても治癒で何とかなるが、今の自分たちは普通の人間と変わらないほどに受肉した存在――つまり肉体がある。となれば、致命傷を受けた場合、即座に行動不能に陥る可能性も高い。
 本来、高い防御力を持ち、強力な攻撃がなければ一撃で戦闘不能にするのが難しいサーヴァントが、今は人間に近いレベルの脆さを抱えてしまっているのである。
 裁定者(ルーラー)の特権を以て、一時的に動きを阻害できる可能性はある。
 だが、聖杯戦争を管轄する裁定者(ルーラー)として召喚され、その聖杯戦争に関わるサーヴァント相手なら、裁定者(ルーラー)の持つ令呪による縛りはがあるが、今回、そういう相手ではない。よって、裁定者(ルーラー)としての特権は通常のそれと比べると、著しく制限される。
 真名により魂を縛る手段もあるが、相手の正面に立ち、言霊として魔力をぶつける必要がある。しかし、そんなことをさせてくれる相手には思えなかった。
「さて、こちらから参ろうか!!」
 特段速かったわけではない。また、もちろん油断していたはずもない。
 にもかかわらず、ジャンヌらは彼の姿を見失った。ただ一人、かろうじて反応したのは――
 鋭く響く金属音に、ジャンヌは間合いに踏み込まれたことを知った。前に立つのは、朱き槍の使い手。
「まてよ。どうせなら俺ととことん遣り合おうぜ、『アサシン』」
 クー・フーリンは槍の穂先をわずかに下に向け、低く腰を落とした構えを取る。
「いけ。こいつの相手は俺がする。どっちにせよ、お前らではこいつの相手は無理だ。条件が悪すぎる」
 まともに宝具が使えない狭い空間。勝敗を決する要素のほとんどを、己の技量に依存するこの状況は、確かに他のメンバーでは分が悪い。
 強いて言えばエミヤだが、彼とて極限の戦いでは佐々木小次郎という英霊には及ばない。
 いわんや、ジャンヌ、イシュタル、ロビンフッドでは論外だろう。
 マシュを含めた四人は、橋のぎりぎりを通り、小次郎の脇を抜けていく。
 おそらく彼にとっては、十分に間合いの内側ではあるだろう。
 だが、彼は一切手を出さず、マシュ達を見送った。
「いいのかい? ここを守ってるんじゃなかったのか?」
 一瞬でも彼らに意識を向け、手を出そうものなら槍を叩き込むつもりだったクー・フーリンは、だが残念さなど微塵も感じさせずに問う。
「いや? 拙者はここで来るものと戦うことを条件にここに立っていただけだ。拙者の能力で、あの全員を止められるほどうぬぼれてはおらぬし、期待もされておらん。一人止められれば十分。そして、拙者の望みは強者との立合い。今、これ以上ないほどに望ましい状況で、他に気を遣る理由などあるまい?」
 自然体に構えた長刀の切っ先が、わずかに上がる。
 刹那の後、二人の立ち位置はお互いに入れ替わっていた。わずかに、薄明かりの中に舞う両者の髪が、その刹那に刃が交わされたことを物語る。
「やはりそうかよ。で、それを持ちかけたのはメディア……じゃないな。あの魔女でもここまではやるまい。……とすると――」
 目的は分からない。
 ただ、ここまで大掛かりなことをやるとしたら、そしてやれるとしたら、その相手は一人しかいない。というか、その許可なしにこんなことをやることがありえない。その人物がやろうと決めたなら、そしてその目的、願いに同調できたなら、彼らサーヴァントがそれを拒否することはありえない。
 考えてみれば当然そこに帰結するのだが、それに思い至れなかったのも、あるいは全員が認識をずらされていたのかもしれない。
「まあ、そこまで深く考えていたわけではないがな。本音を言えば、今度こそあの獅子と立ち合ってみたかったのだが、こちら側にいるのだから、仕方ない。だが、お主とも最後までは『あの時にも』やれていなかったしな」
「あー、そうだったな。悪ぃな、あの時は『必ず一当たりして逃げて来い』なんてわけわかんねぇ命令されてたからな。本気も出せなかった。だが――」
 突きこまれたその槍の鋭さは、おそらく最速の名を持つ数多の英霊ですら、あるいは見失うほどだっただろう。
 しかしそれを刹那に見切り――返す刃もまた、致命の一撃。それに槍の柄を滑らせ、再び互いの位置が変わる。
「危ない危ない……危うく肩を貫かれるところであったわ。やはり、それがお主の本来の力か」
「ちっ、今のを避けるのかよ」
 避けるどころか、あっさりと反撃してきた。
 クー・フーリンは内心、この男の力をまだ甘く見積もっていたこと、そして再評価しなおす必要を感じていた。
(下手すりゃ、師匠以上だな、こいつ……)
 一撃の威力では、宝具を解放した自分や師匠であるスカサハには遠く及ぶまい。
 だが、単純な剣の技量に限るなら、彼以上の存在はほとんどいないだろう。
 しかも、その圧倒的な技量のすべてが、一撃必殺の鋭さと致命の軌道をたどる致死の刃。遊びのなさは驚嘆すべきものがある。武芸を極めた者にありがちな遊びや余裕、というものがほとんど無い。
 本来、間合いの長い槍は剣よりも有利にあるが、このレベルになるとその利点などないに等しい。下手をすれば、槍を引くのにあわせて己の間合いに入ってくるくらいやる相手だ。
 しばらくの睨み合いが続く。
 お互いに、次の手を、そのわずかな気配すら逃さず探っているのだ。
 一挙手一投足、呼吸すら、そのすべてが、攻撃を読むための予兆であり、また、それを誤認させる動きでもある。
 だが、その沈黙を破ったのは、二人以外のところだった。
 突然、島の中心辺りで、爆発でも起きたかような暴風めいたものが吹き荒れた。それが、魔力そのものであると気付くのには、そうかからなかった。
「な、なんだこりゃ……」
 そしてこの魔力を、クー・フーリンは良く知っている。強い、竜の気配を含んだ、その魔力は――。
「ほぅ。あちらも始まるようだ。まあ、こちらまでは影響はなかろうよ。さて、ランサー、そろそろ始めるとしようか――」
 むしろ、その魔力嵐を合図としたかのように、アサシンがゆらり、と動く。
 刹那に閃いた刃を、かろうじて朱槍の柄で弾くと、続け様の刃の隙をついて、朱い穂先が夜の闇を彩った。
 その応答は、さらに倍する刃の煌き。
 極限ともいえる戦いは、いつ果てるともなく光を散らせていた。

「大丈夫でしょうか、クー・フーリンさんは」
 江ノ島の階段を駆け上がりながら、マシュは心配そうにつぶやいた。
「大丈夫とは断言できないが、あの場を任せられるのは彼しかいない。アルスターの英雄を信じるしかないだろう。まったく初見ではないし、むざむざとやられることはないだろうしな」
「その、もしかしてですが……エミヤ先輩は、クー・フーリンさんや、佐々木小次郎さんのことを、カルデア以外でもご存知なのですか?」
 エミヤの言葉に、マシュは不思議に思って尋ねた。
 その言葉に、エミヤはしばらく沈黙していたが、やがて、口を開く。
「ああ。この世界ではなく、別の世界――あるいは別の歴史だろうが。私と、クー・フーリン、佐々木小次郎らは、ある聖杯戦争で、召喚されたことがある。その時に戦っているんだ」
 その言葉に、イシュタルがなぜか複雑そうな顔をする。
「ちなみに、この先にいるであろう二人――アルトリアとメディアもだ。まあ、少なくともメディアに当時の記憶はないようだが」
 座から召喚される英霊は、基本的に英霊として召喚される際は、自らの写し身のようなものとして現界する。そしてそれらは、役割を終えると座に帰還するわけだが、その際、写し身が経験したことも、座にいる本体に漠然とした記憶として継承される。
 ただ、再度別の場所で召喚される時に、どういう経験を持って召喚されるかは、その時々で、英霊自身によって取捨選択される。
 必ず保持するのは、生前の記憶までだ。
 エミヤ、クー・フーリンらはある聖杯戦争の記憶を共有しているが、メディアにはそれがないことは確実だ。その時点で、今回のメンバーがあの聖杯戦争と無関係なのは確かだ。まあ、完全に無関係のジャンヌやロビンフッドがいるのだから、考えるまでもない。
 なので、これはあの聖杯戦争に参加した者としての感傷に過ぎないのだが――もし『彼女』と戦うのなら、ある意味皮肉としか思えない。
 そうして、階段を上がりきった先――大きく公園になっていて、中央に灯台が立っている――の、灯台の前に、彼女がいた。
「やはりいたか、『セイバー』」
 その呼びかけに、セイバー――アルトリアは、しかしそれで相好を崩すことなく、見えない剣を地面に突き立て、両手を置いたまま一同を見据えた。
「アサシンは……ランサーを抑えてますか。まあ、それで十分と言えるでしょう。アレの宝具は私にも厄介ですし」
 一撃必殺の『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』は、相互の力量すら無視して結果を確定させる、因果逆転の槍。
 いかに強大な力を持つアルトリアと言えど、油断できる相手ではない。ただ――。
「ずいぶんなめられたものね、セイバー。ランサーがいなくても、私たちはまだ4人もいる。勝ち目があると思ってるの? そこを通しなさい。用があるのは、貴女でもメディアでもないわ」
 イシュタルもまた、今回の裏に誰がいるのか、気付いてたようだ。
 もっともそれは、他全員も同じらしい。
「分かっているなら、なおさらなぜここに来るのです。あの方の望みが今のこの状況なら、サーヴァントである我々は、それに従うのが道理ではないのですか?」
「それでも!!」
 強い言葉と共に進み出たのは、マシュだった。
「確かに今のこの状況は、幸せに思えます。ただ、それは本来の姿ではない。だから私は先輩に会って、ちゃんと話をしないといけないんです!!」
「貴女がそう望むなら、と私は思いますが――」
『彼女をもう戦わせたくはない。この後どうなるか分からないけど、ただ、彼女に戦わないで済む世界を教えてあげたいんだ。それは、彼女の生きるための理由になる。すべてを閉じた世界(カルデア)に依存してる彼女に、もしかしたらもう会えなくなるかもしれないから、その前に、世界はいろんなものがあるって、教えてあげたい』
 そう言った『彼』の、その言葉に隠された望みは、ある意味ではとても理不尽で、そしてとても慈愛に満ちているとも思えた。だからこそ、アルトリアは協力したのである。
「それでも、今の私は、貴女方をこの先にいかせないため、障害となる!!」
 魔力が、あふれた。
 まるで大型爆弾が落ちたかのような、爆風めいた魔力が、アルトリアを中心に吹き荒れたのである。
「なっ、何よこれ!!」
 元々、竜の因子を持ち、桁外れの魔力量を誇るのがアルトリアだ。その膨大な魔力によるブーストで、最強のセイバーの一角を担っているのである。
 だが、それでもこの出力は、桁が違いすぎた。
「これが本来の私です。サーヴァントとしては、本来魔力供給がどうしても制限され、全力を出してはあっという間に魔力が枯渇するのですが……今ならば、その制約はない」
「……まさか……」
 元が魔術師、それも聖杯戦争のマスターであったエミヤは、ある可能性に思い至った。
 今回、これだけの大規模魔術を使うためのリソースは、ほぼ間違いなく聖杯か、それに順ずるものが使われている。そして、その魔力が、そのまま彼女にも流れているのだ。
 本来であれば、供給される魔力はマスターに依存する。だが、マスターが別のリソースを使って魔力を供給することで、本来以上の力を発揮させることも出来るが、その場合でも魔力供給の速度はマスターに依存してしまう。巨大な池に水を注ごうにも、注ぐための蛇口の大きさはマスターに依存するのだ。
 だが、おそらく、今アルトリアの魔力の経路(デバイス)になっているのは、今ここにいないもう一人のサーヴァント。彼女であれば、その魔力供給能力は、おそらく現存する魔術師などとは比較にならない。いや、古今東西すべての魔術師でも、彼女以上の存在などほとんど存在しない。よって、事実上無尽蔵とされる竜の魔力を、文字通り無限に使用可能ということだ。
 通常、絶対に不可能なことだが、マスター自身の協力、令呪、術式を組み上げる時間。それらがそろえば、不可能ではない。
 つまり、彼女は今、伝説に記載されたアーサー王としての能力を、ほぼ完全に使うことが出来る、ということになる。
「ま、待ってください、アルトリアさん!!」
 割って入ろうとしたマシュは、しかしその眼光にさらされただけで、射竦められてしまった。
「下がっていなさい、マシュ。貴女には今、戦う力は無い。あなたの役目は終わった。貴女はもう、戦わなくてもいいのです」
「え――?」
 その言葉は、先ほどのアルトリアとは違う、優しさすら感じさせる響きがあった。
 ただ、その真意を確かめるよりも先に、アルトリアはマシュから視線を外し、戦いの構えを取るサーヴァントたちに向き直る。
「いくぞ、アーチャー!!」
 実のところ、この場にはアーチャークラスのサーヴァントは三人いるのだが、少なくとも言われた本人は、それが誰のことを意味するのかを考える必要はなかった。
 まるでジェット噴射でも行ったかのような爆発的な加速で、アルトリアが突っ込んでくる。
 その手には何もない――が、それは単に見えないだけであることを、エミヤは良く知っていた。
 即座に慣れた夫婦剣を練成、剣の軌道に合わせ――いなす。まともにぶつかっては、剣の強度が違いすぎて、真っ二つにされるだけなのだ。
「アーチャー!!」
 イシュタルが叫ぶ。同時に、彼女の駆るマアンナから、幾条もの光弾が放たれるが、それらはことごとく地面を穿つだけだった。
「ちょ、規格外すぎんだろ!?」
 悲鳴を上げたのはロビンフッドだ。
 抜け目ない彼らしく、あっという間にいくつもの罠をしかけ、アルトリアの動きを封じようとしたのだが、なんとそれらをことごとく魔力をまとって粉砕してしまったのである。
「はあ!!」
 弾丸のように突っ込んできた騎士王が、刹那踏み込み、そこから逆袈裟に腕を振るう。その手にあるであろう――見えないが――長剣から、暴風にも等しい衝撃が放たれ、ロビンフッドはかろうじてそれを回避した。直撃すれば、この庭園からたたき出されただろう。
「これほどに出鱈目とは……なっ」
 アルトリアと、自分たちの位置を見てエミヤは自分たちの決定的な対応ミスを呪った。
 戦闘に参加できないマシュは庭園の外縁すれすれで、自分たちから離れているので問題はない。
 だが、それ以外の四人が、数メートルの範囲内に固まって、彼女の正面にいる状態にされたのである。
 そして、振り抜き、上段に掲げられた彼女の両腕の先に、光が生まれていた。そこにある輝きこそ、太古の幻想の一つ。星の生み出した究極の兵器。風王結界を解き放ち、彼女の持つ聖剣が、その姿をさらしたのだ。それの意味するところは――。
「ヤバイ!!」
約束された(エクス)――」
 それにいち早く反応したのは、ジャンヌだった。
 仲間の前に立つと、輝く旗を大きく振りかざす。
「我が旗よ、我が同胞を守りたまえ! 『 わが神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル) 』!!」
勝利の剣(カリバー)!!」
 直後、光の暴威が世界を埋め尽くす。
 その強烈な光の刃は、だが、ジャンヌ掲げた旗の護りに、ほぼ完全に遮断されていた。
「なんて……威力……!!」
 弾かれた余波が、周囲を焼き尽くす。おそらく、並どころか、熱に強い逸話を持つ英霊でなければ、それだけで身を焦がされるほどの威力があるだろう。
 ようやくその圧力が弱まった、と思った瞬間、ジャンヌは信じられないものを見た。
 振り下ろされた聖剣が、今度は腰だめに構えられ、そこから光が溢れている。
「まさか、二連発!?」
 ありえない、とは言わない。きわめて潤沢な魔力があれば、出来ない芸当ではない。だが、だからといって、これほどの破壊力を持つ宝具を、二連発する英霊がいると言うのか。
約束された勝利の剣(エクスカリバー)――!!」
 振りぬかれた二発目の聖剣。だが、同時に炸裂する力があった。
「弔いの木よ、牙を研げ。『 祈りの弓(イー・バウ) 』!」
「打ち砕け、『 山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)』!!」
「『熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)』!!」
 ロビンフッドの宝具、祈りの弓。本来は攻撃に使うそれを、シャーウッドの森を作り上げるために使用した。きわめて限定空間に構築された巨大な森は、膨大な数の樹木それ自体が壁となる――が。それを楽々と光の刃はなぎ倒す。
 さらにそこに、イシュタルの『金星の一撃』が炸裂した。
 英霊に霊格を落としているとはいえ、神の一撃と、巨大な森によって威力を殺がれた聖剣の一撃は、さらにエミヤの作った盾をえぐりつつも、かろうじてとまった。しかし、盾を作り出したエミヤはすでに満身創痍だった。
 だが、そこに――。
約束された(エクス)――」
 まさかの三連撃。規格外の魔力の供給あってこそだろうが、だとしても出鱈目が過ぎる。
「ちょ、待ちなさいよ!? セイバー、あんた、本気!?」
 どっちの人格が出てるのか、すでに分からない状態になってるイシュタルがやけくそ、とばかりに宝石を放る。だが、それはアルトリアに届くことなく、その魔力の奔流にもてあそばれ――。
勝利の剣(カリバー)!!」
 その、濁流のような光は、文字通り四人の視界を埋め尽くした。

 いつ果てるとも知れない剣戟は、しかし双方が示し合わせたように引くことで、静寂をもたらした。
「やはり素晴らしい槍の冴えよな。あるいは、宝蔵院殿が見たら、ぜひ手合わせを、と言いそうだ。かつてとは比較にならぬな」
「ぬかせ。てめぇこそ、足場良けりゃそれかよ。いやになるぜ、まったく。これじゃ、名前負けもいいところだ」
 かつて戦ったときは、ひどく足場の悪い階段での戦いだった。
 足場の悪さはお互い様だったわけだが、足場がいい場合の伸びしろは、どうやら日本の名も無き剣士のほうが上だったらしい。
(宝具抜き、ルーン魔術抜きなら師匠以上だな。化け物かよ)
 もっとも、宝具はその発動の隙をくれるとも思えないし、ルーン魔術など悠長に発動しようものなら、一瞬で胴と首が離れることになる。かつて分析したとおり、こんな化け物とは、距離を置いて宝具で終わらせるに限るのだが、またもや今回その手は使えない。
「さて――あちらもどうやら終わった模様。この楽しい時を続けるのにやぶさかではないが、いつまでも享楽に耽るわけにもいくまいな?」
 先程まで、爆発的に吹き荒れていた魔力が、今は全く感じられない。どういう結末になったかはわからないが、あちら側も終わったらしい。
 すい、と足が下がる。半身になった佐々木小次郎が、初めて切っ先を上げて構えた。
 話には聞いたことがある。
 佐々木小次郎が唯一名前を付けた秘剣――燕返し。いかなる手段を持っても回避できない、不可避の刃。
 そのためを許した、ということは――。
「面白ぇ。やるか」
 相手が剣のみにたいして、こちらが宝具というのはやや大人げが無いが――そんな余裕を持てる相手ではない。
 クー・フーリンは槍を軽く下げて、その穂先をまっすぐに佐々木小次郎に向ける。
 まともに考えれば、小次郎に勝ち目は無い。
 相手の心臓を貫いた、という結果を確定させてから槍を放つ『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』は、その特性上、放てば相手の死が確定する。
 だが――。
(分が悪いのはこっちか)
 問題は、相手が死人(しびと)である場合だ。
 前にカルデアで読んだ書籍の中に、日本の侍には、戦場においては死と共に戦う、といった境地に至る者がいたというのを見た。死を恐れず、かといって自ら死を選ぶことの無い境地。死中に活を見出す、といった極限の状況を、身をもって体得していたという。
 この佐々木小次郎も、あるいはそうなのかもしれない。
 刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)を放てば、佐々木小次郎に回避する力は、確実に無い。だが、同時におそらく放たれる『燕返し』は絶対不可避の刃をもって、クー・フーリンに致命傷を与えるだろう。
 結果は、相撃ちにしかならない。だが、クー・フーリンは死ぬつもりなどさらさらない。
 あるとすれば――。
「いくぜ――『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』!!」
 朱槍がありえない軌道を取る。どんな運命の元でも、絶対に命中する必中の槍は、果たして、過たず、その狙った急所を貫いた。
 直後、クー・フーリンが飛びのいたそこに――三筋の剣閃が収斂した。
 鮮血が散る。血の赤に染まるのは、アルスターの大英雄の青き衣。だが、同時に――金属が石畳に落ちる乾いた音が、響いた。
「なんと――これは、拙者の負けでござるな」
 満身創痍のランサーと、無傷のアサシン。だが、アサシンの持つ長刀は、その柄が破壊され、持つことが出来なくなっている。一方、血まみれのランサーは、だがその手にまだ槍がある。
「まさか、その槍にそんな使い方があろうとは」
「心臓を穿ったところで、おそらくお前さんの刃は俺を切り裂く。それじゃあ相撃ちになる。だが、剣をぶっ壊せば、少なくとも致命の刃は避けられるとふんだんだよ」
 槍が狙った『心臓』は、アサシンの持つ長刀そのもの。その柄を穿つことで、燕返しそのものを防ごうと考えたのだ。それでも放たれた斬撃は不可避の刃を繰り出していたが、致命の刃とまではならず、ランサーの骨を断つほどの威力は無かったのである。
「ただこれ、判定あったら絶対俺の負けだぜ。もう、槍構える力すらねぇ」
「拙者は戦人(いくさびと)ではないからな。徒手空拳で戦う術など、知らぬ。ゆえにお主を制する術もない」
 そういうと、満足した、とでも言うようにその場に座り込んだ。それを見て、クー・フーリンも座り込む。
「ったく、とんでもねぇな。お前は。やっぱ、やりあいたくはないぜ、二度とな」
 それに対する佐々木小次郎の返答は、どこか楽しげな笑みだけだった。

 その場にいた全員が、為す術なし、と絶望した。
 だが――。
 ただ一人、絶望することもなく、敢然とその暴威の前に立ちふさがるものがいた。
「『いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)』!!!」
 その光は、突如屹立した巨大な白亜の城壁の前に、弾かれ、消滅する。
 聖剣の光を弾いた城壁は、やがてその姿が闇に溶けるように消え去った。
 あとに残ったのは、身の丈程もある大きな十字盾を持つ、濃紺色の鎧をまとった少女。
「マシュさん!?」「マシュ!?」
 ほぼ一年ぶりだろう。デミ・サーヴァントの姿となったマシュだった。
「はあ、はあ、アル、トリアさん。これ、が、私の覚、悟です」
 盾を杖代わりにしつつ、それでもマシュはまっすぐにアルトリアを見る。
 もう宝具を撃つつもりはないのか、いつの間にか聖剣は再び風に覆われていた。
「私、は、自分の身を不幸と思ったことは、ありません。確かに、この世界は優しかった。楽しかった。でも、それでも。私はこの力をいつでも望みます。あの人の、前に立って、あの人を、護るために」
 そこまで言うと、がくり、と膝が折れた。同時に、魔力で編まれた鎧が消え、元の姿に戻る。
「その覚悟が、最後には自らの死を招くとしても、それでもその力を貴女は手放さないのですか?」
 先ほどの厳しさは無い。それでも、安易な言い訳をさせない何かが、その言葉にはある。
「……はい。それでも私は、あの人と共にありたいと、願ってます」
「そうですか。なら、もう私から言えることはありません。マスターと直接、話すと良いでしょう。マスターはタワーの上にいます」
 す、と下がると、そのまま姿が薄くなる。霊体化したようだ。
「ありがとうございます、アルトリアさん」
 深々と、頭を下げる。それに対する返答は無かったが、それでもマシュには、彼女が微笑んだように感じていた。

 タワーのエレベーターは動いてないかと思われたが、普通に稼動していた。
 その、最上階を示すボタンを押して、マシュは一人上がっていった。
 他のメンバーも付いてくると言ったが、遠慮した。おそらくもう、戦いになることはない。
 だが、彼らがついてくるともう一人残ったサーヴァントは警戒する可能性がある――と無理やり説得した。おそらくそんなことはありえないのだが。
 現実問題、先の戦いで満身創痍になってるため、休んでもらう、というのもあった。
 わずかに体にかかる負担が増し、体が上に上がる。程なく、最上階に到着した旨のアナウンスと共に、扉が開いた。
 そしてそこに、マシュは予想通りの人物を見出した。
「やっと見つけました、先輩」
 それに対する藤丸立香の表情は、なんともいえない困ったような、そんな表情になっていた。
 その手には、マスターの証である令呪がある。
「うん、ごめん、かな。こんな大掛かりなことをして。ただ、俺は――」
「あの、先輩」
 マシュは、痛む節々を無視して、一歩だけ進み出た。
「私、楽しかったです。それだけは、間違いありません。先輩と過ごす学校生活も、サーヴァントの皆さんとの『普通の生活』も、これまで私が経験したことのない、とても素敵な時間でした。それを教えてくれたことに、それには、本当に感謝しています」
 カルデアでも、特異点の旅でも経験できなかった、幸せな日常。何も無いこと、なのにその中にある小さな出来事にわずかな幸せを感じることが出来る、穏やかな日々。
「でも」
 まっすぐに、彼女のマスターを、そして誰よりも大切な人を見る。
「私は、デミ・サーヴァントです。そして、先輩のパートナーです。それは、どんなことになったとしても――たとえ、カルデアが無くても、変わらない。私はそう思ってます。あの、七つの時代を乗り越えた中で育んだ縁は、そんな簡単に消えたりはしないって、そう思ってます」
「……一年前に、さ」
 マシュの言葉を受けてか、彼がつぶやくように話し始めた。
「一年前、最後の特異点の最後の最後。ゲーティアの力で、俺たちが消滅しかけた時、マシュはその身を挺して俺たちを護ってくれた。ずっと怖い、と震えていた、と言いながら、それでも俺を護ってくれた。命を投げ出してまで。でも、怖いのに何でそこまでしてくれるんだ、ってずっと思ってたんだ。確かに俺は、君のマスターだ。あるいは慕ってくれてる、ということだってあるだろう。でも、それでも、命を投げ出すほどの覚悟を、普通持つことは出来ない」
 たとえ、その寿命があとわずかだったとしても。それでも、他者のために死を自ら選べるのは、並大抵のことではありえない。
「だから、君に知ってほしかった。築いてほしかった。自分が生きていたい、と思うための、土台を、もってほしかった」
 その言葉に、マシュはゆっくりと首を振る。
「いいえ。今回ではっきりしました。先輩とともに有りたいと願い、先輩とともにいる、それが私の――あるべき場所です」
 そっか、と立香は何とも言えない表情になり……それから負けた、と言わんばかりに顔を綻ばせる。
「ありがとう、マシュ。でも、色々ごめん。あまりいい方法じゃ、なかったね。みんなにも迷惑をかけた」
「いいえ、マスター。彼女はともかく、完全なサーヴァントである我々は、マスターの望みを叶えるための駒。少なくとも、私は今回のことで迷惑とは思っていません」
 横合いから現れたのは、メディアだった。
「仕掛け全部を考えれば、メディアさんに助力を頼んだのは、先輩ですね? そういえば、箱庭めいた工芸品を作られていましたよね」
「ええ。あの、セイレムから戻ってすぐのことだったわ」

『マシュに、普通の生活を経験させてあげたいんだ』
 突然そう相談してきたのは、セイレムから戻ってすぐのことだった。
 相談を受けたダ・ヴィンチは、最初その意味が分からず、説明を求めたが、説明を受けるに従い、大きく納得して、人員を手配してくれたのである。
 それだけの大規模な術式となると、飛びぬけた構成能力を持つキャスターが必須。これには、メディアが選ばれた。他にもキャスターは何人かいるが、彼女が一番そういうのに向いていそうだったと言うのがある。
 その上で、術式の中心となる場所を隠すための場所の選定と、発覚後にも突破不可能な障害として立ちふさがってもらうサーヴァントの選定。これは、メディアに人選を任せたところ、アルトリアと佐々木小次郎という二人を選んできた。
 アルトリアはまだ分かるが、さして強力な英霊とはいえない佐々木小次郎を選んだ理由を一応尋ねたところ、『門番やらせるのになぜか最適と思えたのよ』と返された。
 リソースは、はカルデアの電力を一部使って作った擬似聖杯。こめられた魔力から、おそらく三ヶ月くらいは、彼らの目をを術式からそらすことが出来るだろう、と推測された。
 そして、残りのサーヴァントについては、あまり無茶をしないだろう、というメンバーを選んだのだが、唯一の不安はイシュタルがついてきたことだった。
 あの金星の女神は、転んだだけで世界を滅ぼしかねない大惨事を巻き起こすことすらある。
 ただ、結果として、ある意味今回の『状況』に一番馴染んだのが彼女なあたり、何が起きるか分からない。
 術の展開は場所はどこでも良かったが、時間が問題だった。
 ただ、これもあっさり解決する。
 人理空白の一年間。そこならば、何をやろうが誰にも迷惑をかけない。
 その上、『異常事態』という認識を持ちやすいので、緊急動員をかけやすい、というのもあった。
 準備が予想以上に時間がかかり、さらにカルデアが熱病で壊滅しかけたのは予想外だったが、それが無事解決してくれて、計画を実行に移したのである。
 実のところ、あまりに時間的な余裕がなくて取りやめることも考えたが、他ならぬダ・ヴィンチが計画の実行を強く主張したため、実施されたのである。
 ちなみに、令呪はメディアがあっさり抜き取ったらしい。さすがに、令呪があっては、即座に気付かれてしまうからだが、あっさり令呪をはがすなど、裁定者(ルーラー)でもないのに規格外すぎる。大魔女の面目躍如、と言うところか。
 正直に言えば、術式の隠匿が限界に来た時点で、ネタ晴らしをしても良かったのだが、主に小次郎が悪ノリして、それにアルトリアも乗っかったとのこと。
 ただ、結果として、マシュ自身の強い意志を確認できたのは、重畳だった、とは、通信が回復したダ・ヴィンチの言葉だった。
『すまないね、マシュ。まあ結果として、君自身、これからどうしたいかがはっきりしたと言うことで……この一連は無駄じゃなかった、と私は思ってる。他の巻き込んだみんなにはすまないがね』
「女神である私をたばかったことは許しがたいけど……まあ、楽しかったかどうかを聞かれたら、楽しかったわ。なので、それでチャラにしてあげる。びっくりするほど、馴染んだしね」
「私はまあ、ある意味貴重な体験だったし文句は無い。まあ、正直エクスカリバーは死んだかと思ったがな」
 三連撃はいくらなんでも無茶苦茶だった。実際、あれで吹き飛んでいたらどうするつもりだったのか。
「……さあ。どうなったんでしょうね」
 おい、とその場の全員が思わず突っ込んだ。
『いや、まあ最悪ちゃんと回収できる手はずは整っていたんだが、それでもアレは無茶苦茶だったねぇ』
 ダ・ヴィンチの言葉はあまり安心できる要素ではなかった。
「ま、オレも楽しかったよ。こんな世界もあるんだなぁ、と思うと、それだけでなんとなく嬉しくなったしな」
 ロビンフッドは、ある意味一番この世界を堪能していたのかもしれない。毎日のように(無論調査を兼ねていたが)出かけては、いろいろと見て回っていたようだ。
「ま、オレも楽しんだから文句はねぇ。最後に思いっきりやれたのは楽しかったしな」
 血まみれの状態で楽しかった、と言える辺りが、さすがである。一応傷はすでに手当がされているのだが。
 その、アルスターの大英雄を血まみれにした張本人は、といえば。
「拙者が文句あろうはずもない。いろいろと満喫できたしな」
 実は、江ノ島に篭っていたと思われてた三人にしても、結構出歩いてはいたらしい。無論、メディアの認識阻害で気付かれるようなことにはなってなかったし、他のメンバーの位置は常に把握してたらしいが。
 後で聞いたことだが、アルトリアはあろうことか湘南グルメ制覇を本気でやろうとしてたらしい。後日、エミヤに生しらす丼を要求して、材料的に準備できない、と知って絶望することになるが……その未来を彼らはまだ知らない。
「私も同じね。ある意味最後だからって、いろいろリソース無駄遣いさせてもらえたし、楽しかったわ」
 それは、この休暇めいた時間がもう終わりであることを示していた。
 三ヶ月という長い時間を思わず過ごしたが、現実には一日も過ぎていない、というかそういう時間に戻るのだ。
 そして、サーヴァントたちは去り、カルデアは解散となる。
 いわば、これが本当に最後のお祭りだったわけだ。
「思わぬ体験が、最後に出来たことには、私も感謝いたします。マスター、どうか、貴方がいるべき場所に、いつか戻られますよう。そしてマシュさん」
 ジャンヌが、マシュの手を握る。
「貴女との学校生活、とても楽しかったです。いつか貴女にも、真実あのような日々が訪れることを、祈ってます」
「ジャンヌさん……ありがとうございます」
 この世界の穏やかな時間こそが、おそらく藤丸立香が本来いる場所だったんだろう、とその場の全員が理解していた。
 そして、この穏やかな時間を一人でも多くの人々が享受できる世界こそ、ある意味の理想なのだろう、と。
「さて、名残惜しいがもうリソース的には限界に近い。まあ、そちらの時間で夜明けくらいまではもつだろうが……」
「じゃあ、ダ・ヴィンチちゃん。みんなで、この島の上から日の出を見てから、でもいいかな。ここは、海から上がってくるから、きれいなんだ」
 ダ・ヴィンチはその言葉を予想してたかのように請合うと、通信を切った。同時に、通信機の下部にカウンターが現れる。レイシフトまでのカウントダウン、と言うことだろう。時間的には、ちょうど日の出の少し後、と言うところだ。
「じゃあいこうか。島の裏側のほうが、綺麗だと思うからさ」
 マスターのその言葉に、異を唱えるサーヴァントは一人もいなかった。

 今日は雲もほとんど無く、澄んだ夜空が広がっていたが、やがて、東の空が水平線の彼方から僅かに白んできた。別に特別な日、と言うわけではない。ただ、それでも彼らにとっては、それは特別な時間だった。
「あ、あれ、金星よ。ふふ。いいタイミングね」
 太陽が出る前に、水平線近くで一際強く輝いている星があった。
 その明るさは、一般的な星を遥かに凌駕する輝き。明けの明星、金星だ。
「イシュタルさんが呼んだわけじゃないですよね?」
 マシュの言葉に、思わず全員笑う。惑星の運行を左右するほどの力があったら、それこそ驚きだが、さすがにそうではない。ただ偶然、この時期は明けの明星が見える時期なのだろう。
 やがて、その金星の輝きを凌駕する輝きが、水平線からもれ出でた。
 日の出だ。
 その輝かしい光は、鮮やかに空を染め上げ、幻想的な光景を展開する。
「あの、先輩」
 その光景を見つつ、マシュはマスターの手に、僅かに指を触れさせた。それに応えるように、彼の手がマシュの手を握る。それに、ちょっとだけ驚きつつも、マシュもまた、その手を握り返した。
「私、今回のこと、とても楽しかったんですが、一つだけ、不満があるんです」
 マシュは、そこで立香に向き直る。
「先輩のこと、『先輩』って呼べないのが、すごく違和感があったんです。だから、次またこういうことがあったら、ちゃんと『先輩』って呼ばせてくださいね」
 そういって微笑んだマシュの横顔に、完全に水平線の上に出てきた太陽の光が当たる。それは、とても美しく思えた。

それは、未来がまだ定まっておらず、過去も失われていない、最後の平穏な時の記憶。
新たに改竄された歴史と、新たなる敵。
彼らは再び、戦いの中に身を置くことになる。
いつかまた、あの穏やかな日々を取り戻す、そのために――

---------------------
すみません、苦情は聞きません(マテ)
もっとも苦情が来るほど知られないと思いますが(ぉ
実はこの話、元ネタはあります。
作中の、立香を見つけたマシュとロビンフッド、ダ・ヴィンチのシーン。
あれは私が考えたものではありません。
ああいうシーンを漫画で描いて、Twitterにアップしてた人がいたんです。
で、それを見てこの話を思いつきました。
ホントはその漫画を描いた人に掲載許可取りたいところなんですが、フォローしてる人でなく(もちろんフォロワーでもない)、多分私がフォローしてる人がフォローしてるかさらにその再フォローとかそのくらいのつながりなので、もうそのツイートを見つけられないんですよね。
なので、諦めました(かなり探したのですが……)
もし見つけたら、ぜひ教えてください。

選抜したサーヴァントについてですが、まあ見れば分かると思いますが、書きやすさ優先で基本的にstay/nightから選ばれてます。例外はジャンヌですが、これは趣味。
ロビンフッドは上述の通り、その漫画に登場してたので出さないわけにいきませんでした(笑)
あとは、小次郎のかっこいいとこやアルトリアの強さを書きたかったとも(ぉぃ
というかそっちがメインかもです(マテ)
まあ細かいところは突っ込みなしでお願いします(ぉ
実際、状況設定ありきだったので、理由付けは後から行ってます。
なので、強引なのはご容赦を。
実際、小次郎はともかくアルトリアが戦う理由はほとんど無いよなぁ、と思ったし(マテ)
あとは、第二部プロローグで唐突にデミ・サーヴァント化できるようになったマシュですが、なんかきっかけがあってもいいよね、というところもありました。
まあほとんど勢いだけで書きましたが。
小次郎とかは書いてて楽しかったですし、エミヤとイシュタル……というよりアーチャーと凛、という感じになっていたあたりも楽しかったです。
実のところ最後はちゃんと決めてなかったので、書いてた勢いでそのまま終わらせたんですが。
途中、夢オチ、とかいうアイデアすらあったとかなかったとか(マテ)
舞台に湘南地区を選んだのは、単に記号的にわかりやすい光景があるのと、比較的知ってる場所なので。
なお、実際鶴岡八幡宮で結婚式をやるのは、見たことがあります。
あ、できるんだーと思いました。やらなかったけど(笑)
感想とかあったら嬉しいかもですが、読んでいただけるだけでも幸いです(長いですし)
ただ、ノミの心臓なので、バッシングじみたコメントは避けていただけると幸い(ぉ

ちなみに、登場サーヴァントのうち、エミヤとアルトリアは持ってません(笑)
★4や★5なんてそうそうでるかーっ。
いや、アーサーならいるんですがね(笑)

参加中
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【白猫】創作小話:女王と騎士

「おや? カレンではないか」
 突然そう話しかけられたカレン・ガランドは、しかしそれに即応できなかった。
 即応できなかったのは、話しかけられたのが不意打ちだったからではない。
 ただ、その声があるはずがない人物のものだったから、動揺してしまったのである。
「違わぬよな? そなたであろう?」
 そんなはずはない……と思いつつ振り返り、カレンはそこにあるはずのない人物を確認した。
「女王陛下……なぜここに……」
 それは、カレンが主君と仰ぐガランド王国の女王、インヘルミナ・B・ガランドその人に間違いなかったのである。
「ふむ? 何のことはない。ここは我が国の同盟領の1つでな。わらわの別宅もここにあるのじゃ」
「は!?」
 思わず敬語も忘れ、素っ頓狂な声を出してしまったカレンであった。

「……そ、そうですか……」
 カレンは脱力しながらつぶやいた。
 インヘルミナの話では、最初こそ『征服女王』の名に相応しく、飛行島を征服しようとしたが、それは諦めたとのことだった。
 この島の連中はお人好しばかりではあるが、いずれも飛行島の主に信頼を寄せており、そこを切り崩すことはできなかったこと。
 そして、武力で制圧しようにも、飛行島は文字通り空を飛んでおり、飛行艇で襲うとしてもいくらガランド王国としてもそれほどの戦力は用意できず……そして、この飛行島の住人は多くが冒険家であり、戦闘力には長けてること。
 また、冒険家ではない者も多いが、その場合でも他国の国家の王族やら貴族だったり、帝国の軍人だったりと多種多様。
 むしろ下手にここを一国が手を出そうものなら、国際問題になりかねない。
 なので『同盟』という形で落ち着いたという。
 とはいえ、ガランド王国に何かありし時は、支援を受けられることになってるというだけでもかなり大きな意味がある。
 それはいいのだが……。
 最近よく女王が不在なことがあるとは聞いていたが、それはことごとくこの飛行島に来ていたからのようだ。
 支援の見返りに何と女王自らが槍や魔術で冒険家まがいのことをして手伝っているというのだから……脱力もしようものだ。
 ……そいえば自分も最近そう言う手伝いしている気がするが。
 まあ実際、それはいい気晴らしではあるのだろう。
 心なしか、女王は玉座にある時より快活に見えた。
「して、そなたは何故ここにおるのじゃ?」
 当然と言えば当然の質問をされた。
 剣誓騎士団の副長という立場では、そうそうこんなところに来ることはできないのだが……。
「えと、団長探しに来てまして」
 今度はインヘルミナが呆れ顔。
「まあ、団の運用はヘクトル様がいれば問題ないのもあって……」
 剣誓騎士団の団長であるディーンは、そもそものモチベーションが『人に褒められたい』という、およそ騎士としてはおかしい人物だ。ただ、微妙に間違ってないのが残念なところでもある。
 そして、普段の騎士の任務より、この島が仲介してくれる冒険家としての仕事の方が……実は、結構感謝されることは多い。
 しかも騎士団は現在先の争乱からの立て直しで、大規模な任務を行うことはできない状態だし、ディーンはいざという時にいてくれればよくて、通常の任務はヘクトル王一人で十分こなせてしまう。
 そんな状況のため……ディーンは時々……というよりは隙を見て頻繁にこの飛行島にやってきてるらしい。
 飛行島もまた、先の争乱に巻き込まれてその事後処理のために近くに停泊(?)してるからというのもある。
 まあ、飛行島はどうやら《闇》の勢力とは正面からことを構えているようので、剣誓騎士団としても協力体制を築くことは大いに意味がある。
 だから全く無意味ではないのだが……。
「そなたも苦労してるのだな」
 その言葉は、女王としてというより、従姉としての言葉のようであった。
 実のところ、カレンはこの少し年上の従姉が苦手であった。
 先王の娘であり、王位継承を自分の父と争った人物。
 ともすれば、内乱になるところを、父が彼女に恭順を示したことでそれは避けられたが、一歩間違えば連邦全てを巻き込むほどの内乱になる可能性すらあったという。
 一度ならず、父になぜ恭順したのかを聞いたことがあるが、父ははぐらかして教えてくれなかった。
 かといって、まさか女王に聞くわけにはいかなかったのだが……今なら、あるいは。
 そう思ったカレンは、思い切ってインヘルミナに聞いてしまった。
「なぜ……私の父は、陛下に恭順を示したのでしょう」
 後で考えてみれば、この発言は己の立場を不服としてたもので、叛意あり、と思われても仕方のないものだった。
 思い返しても慄然とするが、当時はそこまで考えていなかったし……インヘルミナはそれを鷹揚に受け取ってくれた。
「ああ、娘の立場では当然か。何、簡単な話だ。貴公の父上が王になれば、その次は貴公の姉が王になろう。そうすればどうなったと思う?」
 カレンは思わず呆気にとられた顔になってしまった。
 今回の事件の首謀者、ミューレアは、それまでは剣誓騎士団の一員として、非常に優秀な人物だった。
 信奉者も多く、インヘルミナとほぼ同年代であり、政治的能力も魔術も女王に引けを取らない、と評価されていた。
 人によってはインヘルミナ以上である、と評価する者もいた。
 ……いや、かつては自分だってそうだった。
 実際、父を王に、と推していたいた一派は、実際にはその次にミューレアが王になることを期待してた者も少なくはなかっただろう。
 だが、ミューレアはその突出した才ゆえか、あまりに危険な思想に囚われていた。
 一番近くにいたはずの自分でも全く気付いてなかったというのに――。
「あれは昔から危なっかしかったが、長じてどんどん危険な方向になっていたからな。そなたの父ですら怖れるほどに」
 またもや知らない話になっていた。
 父が姉を恐れてた……?
「まあ、あれもそなたには優しかっただろうしな。知らなくとも無理はない。だが、アレは王者に必要な覇気ではなく、全てに対する諦観から来る破滅的願望を持っておった。だから、アレを継承権者とするわけにはいかぬ。ゆえに我は、断固として王位をくれてやるつもりはなかった。これでもわらわは、祖国を愛しておるからな。それに、娘たるそなたには悪いが、私の方が貴公の父より王者として優れている、という自負もある」
 あらためて――本当にあらためて、カレンは自分がいかに子供だったか、護られた存在だったかを思い知った。
 姫ではない、騎士だ、と言ったところで、現実はこれだ。
 まさに籠の中の小鳥ではないか。
「そなたからすれば、姉があのようなことをやってショックではあったと思うが……?」
 インヘルミナはそこで言葉を止めた。
 なぜか、カレンが笑っているように見えたからだ。
「どうした? 何かおかしなことでも言うたか?」
 その言葉に、カレンはゆっくりと首を横に振る。
「いえ――自分がどれだけ未熟であったか、再確認できた――それだけでも十分意味があったと……そう思えただけです」
 過去はもう変えられない。
 何も知らなかった自分を叱咤しても、それは反省するという行為でしかない。
 大事なのは、その過去を踏まえてこの先をどう歩むか、だ。
 そして実は、まだ何も終わってはいない。
 姉は帝国へ亡命したと聞いている。ならば、いつか対峙することもあるやもしれぬ。
「女王陛下」
 あらためて、カレンは仕えるべき主君を見据え、その膝を折った。
「改めて、我、カレン・ガランドは非才なるこの身の全力を以って、陛下と国の力となることを誓います」
 それは、忠誠の誓約。ただ、かつてとは違う。
 全てを分かった上での誓約であり、同時にそれは、姉との決別を意味していた。
「……ふむ? よかろう。カレン・ガランドよ。汝の尽力に期待しよう」
 その意図までは伝わっていないかもしれない。
 ただそれでも、カレンはこの女王の元、祖国のために尽力することに、もはや何の迷いもなくなっていた。

w562.jpgw563.jpg

-------------------------
てきとーに作りました。
作ったのは結構前なんですが、手直ししてたら遅くなってイベント終わってしまった(ぉ
正直イベント的に、インヘルミナは出てこないとおかしくないか?というレベルでしたねぇ。
革命軍についてもメグの個人的な恨みだけであの場にいたので、あまり関係ないし。
実質は連邦の暴走を帝国と英雄?が止めただけとも。
Soul of Knightsは、パーツは悪くなかったのに、全体的に微妙になってしまう典型的な話だったなぁ、と思いました。
(某ス○イルプ○キュアのよう<マテ)
じゃあどうすればよかったのか、となると……さすがに即答できませんが、あまり各自の立ち位置は変えなくても面白くはできると思います。
ああ、あとキースはどう見ても英雄だったと思うんだー(笑)

参加中。
白猫あんてな参加中。

【白猫】創作小話:猫神様と和歌の神

先に注釈です。
今回のはゲームの記事ではありません。
私は元々ホームページを持っていますが、そっちでは某有名ゲームの二次創作をメインで公開していました。
現状日記以外は開店休業状態ですが……。
そこでは当該のゲーム以外にも多数の題材を扱ってましたが、今回それに白猫が対象に入ってきましたというか……。
ぶっちゃけ、黒猫コラボのイベントが不満だったのでだったら自分で書いてしまえ、という(マテ)
というわけなので、そういうのに興味がない人はこの記事はスルー推奨です。
あと、キャラが違うとかそういう文句は受け付けません。
この手の創作において、書かれたものに(残虐行為や好ましくない記載がある場合を除いて)文句を言うのはNGだと思ってます。
いいたければ自分で書け、とも言いますね。
こうした方がよかった、という意見なら別ですが。
という前提を踏まえた上で、それでも読むヒマナヒト(マテ)はスクロールしてください。
ま、めっちゃ短いですけどね。

---------------------------------------------------
「あれぇ? どうしてミコトがこんなとこにいるにゃ?」
 突然名前を呼ばれ、女性――ミコトは驚いて振り返った。
 先だってのスィー島で無茶な召喚をされてから、スィー島のトラブルに巻き込まれ、それは無事解決した。一応帰る手段も確立されてるが……なんとなく留まってしまった。
 理由はいくつかある。
 ひとつには、美味しいお菓子がたくさんだったので、後ろ髪を引かれてしまったこと。
 もうひとつは、せっかく知り合った友人たち――ツキミという女性は妙に気があったこともあり――とすぐには別れがたかったこと。
 そして最大の理由は――戻ってもご利益ぽいんとの少なく、めったにお参りされない自分では全然ご利益ぽいんとがたまらない。
 ところがここでは、『冒険家』として『依頼』を達成すると、何とご利益ぽいんとが増える。和歌の神としてではなくても、人の役に立てればいいというのは若干もにょるところもあるが。
 もちろん、いつまでも神界を空けているわけにはいかないので、そのうち戻るつもりではいるが、もう少しここにいてもいいと思っている。
 何度か依頼をこなしている間にこの島――なぜかここでは自分の姿は人に見えるらしい――の人たちとも仲良くなった。だから、名前を呼ばれるのは不思議はない。
 ただ、この声は――
「猫神様!?」
 かつて、とても世話になった猫神様――のふりをしてもらったウィズという猫。まさにその声そのものだったのだ。
 ところが。
 振り返った先にいたのは、見覚えのない女性だった。
 くすんだ金色の髪を肩のあたりまで伸ばした、ちょっといたずらっ気のある表情。
 どことなく猫を思わせる雰囲気こそあれ、見覚えは全くない。
「えっと……どなたでしょう?」
 長い杖を所持しているところから、魔道士だろうか。動きやすさを重視した服装は、おそらく自分と同じく冒険家稼業の人間だと思われる。実際、飛行島の住人の大半は冒険家だ。
「あー、そか、この姿で会うのは、初めてよね」
 女性は思い出したように頭をかく。
 既視感。そう表現できるものを、ミコトは感じた。間違いなく初対面であるはずのこの女性を、以前見たことがあるように思えるのだ。
 その、直後。
 女性の姿が突然ぶれたように感じ、直後、まるで幻のように消えた。そして――
「ほら、これならわかるにゃ?」
 そこにいたのは、見間違えようもない――
「えええええええええええええ!? 猫神様ー!?」
 飛行島にミコトの驚愕の声が響き渡った。

 ぱくり、と口に入れた瞬間、何層にも重ねられたパイ生地の食感が口を満たす。
「はー、相変わらずこのパイは絶品にゃ♪ まあ、チャレンジャーなことされなければ、だけど」
 ミコトはまじまじと横で一緒にパイをほおばる女性を見た。
 あの時、見慣れたあの黒猫になった女性は、すでに元の姿に戻っている。ただ、間違いなくあの猫神様であることをミコトは確認した。
「まさか猫神……ウィズ様もいらしているなんて。あの、お付きの方……じゃない、お弟子さんの魔法使いさんは?」
「あー。弟子は元の世界にいるにゃ。私だけこっちに召喚されちゃって……ただ、たまに連絡取ってるけどにゃ」
 そういって、猫神――ウィズはいくつかの紙の束を見せた。どうやら、その弟子との交信記録らしい。
「なぜか私はこの世界では元の姿に戻れるんだけど、それは私の力が限定的に分散しちゃってるかららしいの。私の猫の姿も私の力の一部ってことで、その特に大きな部分は今はとある竜に預けててね。だから本来の力を発揮しきれない代わりに、人間でもいられるってことみたい」
 本来の力ではない――ウィズはそう言うが、それでも十分に強力な力を感じる。改めて、彼女があの魔法使いの師匠であることを再認識させられる。
「でも、帰らなくていいんですか?」
 するとウィズは、大きな口でパイをほおばったあと、一瞬考えるようになってから――
「いつかは帰らないとだけどね。この状態は私にとっても都合いいのよ。ほら、この姿なら自分自身を調べられる」
 ウィズにとっては、やはり猫の姿ではできることには大きな制約があった。今でも、力の大半はない状態だから、そう大したことはできないにせよ、それでも猫の姿の時とは比較にならない。
 逆に猫の姿の呪いがほぼ分離してる今なら、呪いそれ自体の研究もしやすいらしい。
「ま、といっても呪いの根源が第零世界に由来してるっぽいから、難易度洒落にならないんだけどにゃ」
 つまり、弟子は元の世界で、師匠はこちらでそれぞれ頑張ってる、ということのようだ。
「はー、そうだったのですね。っていうか猫神様――ウィズ様が元は人間ってのは聞いてましたが、こうやって対するとなんか不思議な感じです」
「それは私もにゃ。他にも何人か、知り合いがこっちに来て足りするし。みんな不思議がって面白いにゃ」
「……あのー。その『にゃ』って語尾、違和感ないんですが、もしかして癖になってます?」
「あー、うん。もともと多少そう言う癖はあったんだけど、猫になってから加速してる自覚はあるかにゃー」
 そう言ってパイをもう一口。
「それこそ、ミコトは帰らなくてだいじょぶにゃ? 一応神様のはずじゃ?」
「あー、はい。結局神様って感謝されてなんぼ、でして。で、冒険家として感謝されてもご利益ぽいんとたまるんですっ」
 その言葉にウィズは目を丸くする。
「……つまりご利益ぽいんとの仕組みって、この世界でも有効ってこと……? ある意味すごいにゃ、それ」
 世界が違ってもご利益ぽいんとというシステムというか法則は有効。その一方で、本来下界に直接干渉できない――だからあのカタバはそれを喧嘩祭りとうなめんとの願いにしようとした――という制約は無くなってるのだから、何とも都合がよい。
 世界は108の世界があり、相互に干渉こそすれ交わることがないとされる。この世界も、クエス=アリアスも、ミコトの世界もその1つだ。
 ただ、第零世界に関わったからなのか、ウィズ達は容易くその世界の境界を越えてしまうことが多い。今回もその1つだ。
 とはいえむしろ――。
「あっさりこっちに召喚したラヴリの力にびっくりにゃ。まあ色々デタラメな気はしてたけど」
 スィー島それ自体は、ウィズもかつて訪れたお菓子の世界なのは分かってる。問題はそこに飛行島ごと召喚してしまったラヴリだが……あの後、召喚された者たちはことごとく飛行島で過ごしてるらしい。
「そいえば、知り合いが何人かっておっしゃってましたが……他にも?」
「あー、うん。思った以上にいてびっくりしたにゃ」
 時計塔の住人ユッカ・エンデ。
 天使のミカエラとルシエラ。
 怪獣とまで評される絶大な魔力と膨大な魔術を操る天才アリエッタ。
 天上岬の調香師ファム。
 覇眼という特殊な力を持つリヴェータ――ただ、彼女は多分こちらを知らない若い頃のようだ。多分この後、彼女は元の世界に帰った後に自分たちとめぐり合うのだろう。
 ガーディアンという特殊な存在とともにあるキワム。
 そして――。
「他はともかく、あの男がいたのはびっくりだけどにゃ」
 ドルキマス軍元帥ディートリヒ。
 あの男とは、ウィズは一度も会話をしていない。幸い、向こうはこちらに気付いてないし、気付く余地はないだろう。
 だが、同じ場にいると、この飛行島でさえ、そこが戦場だと錯覚させるほどの緊張感を覚えてしまう。……なんか最近見た目が同じくらい怖いのと一緒によくいるので、文字通り『触らぬ神にたたりなし』を地で行っているが。
「そう考えると、ウィズ様って知り合い多いのですね。いろんな世界に行ってるからなのか」
「いいことばかりじゃないけどにゃ」
 でも悪いことばかりでもない。ミコトとだって、仲良くなれたのは世界を渡ったからだ。そして、他の世界の力をカードを通じて得られるクエス=アリアスの魔道士としては、自分も弟子も破格の経験と力を得ていると言っていいだろう。
「どちらにせよ、ウィズ様がいてくれて嬉しいです。慣れてきたとはいえ、まだ人に見られること自体が不思議なので……」
 ミコトはちょっと安心したように、へにゃ、と笑う。つられてウィズも笑ってしまった。あまりに神様らしくないが……まあそれはミカエラやルシエラといった、天使にも言えることでもある。
 それにこの世界はこの世界で、神様がいるらしいし。
「ま、アイリス達も何か色々大変みたいだから、手伝ってあげるといいにゃ。招かれたのなら、きっとそれには意味があって、やることがあるからだと私は思ってるし」
 ウィズやミコトにとって、究極的にはこの飛行島の問題は他人事だ。ただ、それで割り切れるような性格を、ウィズはしていないしミコトはもちろんだった。
「はい、そうですね。これからもよろしくお願いします、猫――ウィズ様っ」
 ミコトも元気よく応じる。
 そして、ミコトがその時の気分を歌にしようとして――とんでもないことが起きるのはいつものことだった。残念ながら、ウィズが止める間もなく。

蒼穹の 雲のまにまにたゆたえば 懐かしき友に巡り会うかな

「だからなんで『蒼穹』が『早急』になるにゃーっ」
「ぎにゃ〜〜〜〜〜〜〜〜」

その日、超高速で空を飛び交う飛行島があったとかなかったとか。
w193.jpgw194.jpg
--------------------------------------------------------------
オチはミコトに頼りました(ぉぃ
まあ、なんとなく二人の会話を書きたかっただけです。
実際、ウィズはおそらくほぼ100%全員が保持できるわけで、復刻したらぜひイベント追加してほしいんですがねぇ。
上記の通り、少なくともミコト、ユッカ、アリエッタ、ファム、ルシエラ、ミカエラ、ディートリヒは初対面ではないですし。
リヴェータは怪しいけど。
このあたりは今回のコラボキャラに関しては黒猫側のイベントではちゃんとやってくれてたのですが。
白猫もぜひやってほしい……。
ああ、あと表情差分。
なんで黒猫はばっちりあって、白猫がないんですかねぇ。

しかし実は……普通に『お話』を書いたの、もしかして数年ぶりかも。
どれだけ開店休業してるんだ、私のサイト……(自爆)
プロフィール

ライン

Author:ライン
いらっしゃいませ。
ここでは、『黒猫のウィズ』と『白猫プロジェクト』『Fate/Grand Order』のプレイ記録を連ねて行くと思います。
2017年だけ『ファイアーエムブレムヒーローズ』がありましたが、今は記事はないです。
黒猫は若干課金、FGOは福袋のみ、白猫FEHは無課金です。

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